黙って苦情を言わない人たち
昨夜のことですが、近所の家に犬の鳴き声の苦情を言いに行きました。
その家からの犬の鳴き声にはここ2年ほど悩まされていて、今まではなんとか我慢していたのですが、昨夜はあまりにもひどかったからです。
どんな住人が住んでいるかわからないので、念のため警察にも立ち会ってもらいました。

そのとき感じたこと。
私が苦情を言う間、ほかの近所の家の住人が何人も、部屋の中や、玄関や、ベランダから、ただひたすらじとーっとした視線でこちらを見ているんですよね。
見ている人の中には、私と同じように「うるさいと思ってたから言ってくれてありがたい」という人もいるだろうし、「何をしているんだ」と見ていただけの人、「この程度で苦情を言うなんて」と思っている人などさまざまだろうと思います。
でも、誰一人「ありがとう」という感謝の言葉はもちろん、「何があったんだ」という問いかけや、「この程度で文句を言うなんて」という抗議を言いに来る人はいませんでした。
私が苦情に行く前から、明らかに「うるさいなあ、苦情を言おうかどうしようか」と逡巡していたような人が何人もいたのに、その人たちすら結局何もせず、ただじとーっと見ているだけで、私と警察が解散したら、いかにも「やれやれ」という感じで部屋に入ってしまう。

こういう「苦情を言うような嫌な人間だと思われたくない」「誰かがやってくれればそれでいい」という、「なんでも他人任せ」の精神が日本人の心の奥底にある限り、「私に命令して!」「私に指示して!」の声に応える防災無線、鉄道アナウンスをはじめとしたスピーカー騒音の洪水は、絶対になくならないんだなあと、あらためてぐったりした気持ちになってしまいました。
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カテゴリ:近隣騒音
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