「Making noise about keeping the decibels down」の超訳
 前回のエントリー「 『AMENITY』33号発行のお知らせ」でリンクを張った、「The Japan Times」掲載の「Making noise about keeping the decibels down」(英文)。ニューヨーク在住のジャーナリスト、ダニエル・クリーガー氏によるこの原稿を翻訳してみました。
 ただし、私は英語なんて「This is a pen」しか知らないので、翻訳サイトで日本語にしたものを、原文を見ずに思いきり改変しただけ。翻訳というより「ハナモゲラ超訳」です。原文の意味がどこまで反映されているか、まったくわからないのであしからず。

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騒音の中で静けさを求める

2007年の参院選で東京の街を走り回る、拡声器を取り付けた騒々しい選挙カー.jpg
2007年の参院選で東京の街を走り回る、拡声器を取り付けた騒々しい選挙カー

 東京の駅で列車を待っている中島義道は、ホームの駅員にマイクの音量を下げてもらえないかと尋ねた。「難しいですね」という返事に中島はマイクを掴み、線路に投げ捨ててしまった。彼は駅員室で自らの行為を伝えたが、駅長は声も出ない様子だったという。

 中島──騒音を嫌う日本では珍しいタイプの人間──は、酒屋の店頭からスピーカーをもぎ取り、警察官からメガホンを強奪したこともある。「そのようなことを、何度も繰り返してきた」中島は私にメールで告げた。「しかし、後悔したことは一度もありません」

 静けさに高い価値を置く文化のはずなのに、日本では電車やバス、ショッピングセンター、街頭スクリーンなどから不協和音や長ったらしいアナウンスが鳴り響く。選挙運動中の政治家は耳をつんざくボリュームで名前を売り込み、右翼の街宣車は軍歌とともに帝国主義スローガンを撒き散らす。

 日本にも公共空間の拡声器音を規制する条例はあるものの、適用されることはない。しかも、選挙カーはその規制すら免除されている。東京都議会議員の伊藤ゆうは、選挙カーを使わない議員と立候補者のため「NO!選挙カー推進ネットワーク」を立ち上げたが、ただそれだけのことだ。

 言論の自由を盾に公共の場で音を出せば、同時にプライバシーの権利を侵す。中島は、数十年前にヨーロッパでの暮らしを切り上げて日本に戻った際、母国がどれほど騒がしいかに気づいてしまったのだ。

 中島は、電車のアナウンスを初めとする日本の拡声器騒音について記した『日本人を<半分>降りる』など、「文化騒音」と呼ばれる厄介な問題に関する一連の本を書いた哲学者だ。駅や店舗で無限にループするその騒音は、エスカレーターやATMなどさまざまな場所に溢れている。これらの執拗なアナウンスは迷惑の範疇を超え、人々の心を過剰にかき立てようとする。

 しかし最大の問題は、中島の大胆な行為にもかかわらず、ほとんどの日本人がこれらの音を騒音と認識していない点にある。むしろ「もっと騒音を!」と望んでいるのだ。中島はそれに気づき、最終的に解決するのは無理だろうとあきらめている。

 早稲田大学でビジネス・コミュニケーションを教えるダニエル・ドーラン教授は、日本の拡声器騒音を取り上げた論文「文化騒音:日本における拡声器音と表現の自由、プライバシーの権利」を執筆。「インターナショナル・ジャーナル・オブ・コミュニケーション」のサイトに発表している。

 20年前、米シアトルから日本に移住したドーランは、拡声器騒音に遭遇したときの狼狽を日本人の妻や知人に話した。しかし、誰からも賛同を得ることができなかった。一般に日本人よりアメリカ人のほうが騒音に寛容であるとみられているが、にもかかわらず、日本の街ではアメリカよりはるかに大きい音が流れているのだ。

 これらの音が法律や条例に違反していることを示すため、ドーランは騒音計を使い調査を始めた。そしてほとんどの場合、アナウンスや音楽が70dbを超える大音量であることを確認した。地元の市役所で証拠を見せながら、職員に「なぜ、このような違法行為が許されているのか」と質問する。だが、職員は肩をすくめ「人手不足で取り締まることができない」と言うだけだった。

 一般的な店や路上はもちろんのこと、パチンコ店の店内から電車の中まで、人々が頻繁に足を運ぶ場所で避けて通ることができない拡声器音。これに焦点をあて研究したドーランは、ひとつの結論に達した。「企業の健全な経営は、すでにある法律を守ることから始まる。私は何も新しい法律を作るべきだと言っているわけではないのだ。しかし、このような騒音が少なくとも一部の人に不快感をもたらせている事実があるのに、日本では誰もが法律を守る義務を放棄している。私の論文も何ひとつ議論を巻き起こさなかったし、むしろ周囲から人々を遠ざけることになってしまった。日本人は、自分たちのやり方を変えることをとても嫌うのだろう」

 クリス・ディーガンは、まだ闘いをあきらめていない。この騒音防止活動家は「変革は日本人の内面から始まらなければならない」と言う。ロンドン生まれの彼は40年以上東京に住む翻訳家で、一度は日本のやかましさに耐えきれずこの国を離れようとした。だが偶然、拡声器騒音に反対する日本人たちのグループ「静かな街を考える会」の存在を知り勇気づけられて、ここに永住しようと決めたのだ。

 この会の創立者は、どのような活動をしても日本の拡声器騒音が減らないことに絶望して会を去った。その後、ディーガンは全国に60人ほど会員がいる会の代表になった。「日本を少しでも静かにするために、努力しています」

 ディーガンは年に一度、会が発行している機関誌『AMENITY』の編集も担当している。欧米で暮らした経験を持つ者も多い会員と共に、ミーティングも開催している。そして、この果てしなく骨の折れる闘いに小さな勝利を得ようと、妥協しながらも活動を続けている。

 彼らは以前、JR立川駅に駅長を訪ね、無限に繰り返される禁煙放送の間隔を、もっと長くしてくれるよう頼んだことがある。驚いたことに駅長はこの申し出を受け入れてくれた。しかし、半年後には元に戻ってしまった。それはなぜなのか。尋ねると駅長は言った。「大勢の人が、この放送を流し続けるよう求めてくるのです」

 「問題は“普通の人たち”にある」とディーガンは言う。会のメンバーは鉄道会社や自治体に手紙を送ったり、『AMENITY』でその経験について書いたりしている。「最終的に日本の拡声器音を西欧のレベルまで減らすことができれば、すばらしいでしょう。でも、音量を少し小さくするだけでもいい。それだけで私たちは幸せになれるのですが」

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Author:静かな街を考える会 別館
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