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久米宏氏のラジオで「音」を語る
 2009年5月9日、本会の会員である哲学者・元電気通信大学教授の中島義道氏がTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」に出演し、日本の町にあふれる「音」について久米氏と語っています。

 このときの録音が本会のホームページにアップロードされているのですが、今まで聞いていませんでした。「そういえば」と思って聞き、ついでに文字起こしをしたのでここに掲載します。
 音声を聞きたい方はこちらです(約20分)。

――――――

久米 (冒頭のはがき紹介は省略)今日のテーマは「好きな音、嫌いな音」。日本の町にあふれる音に苦痛を感じて声を上げて闘っている方がいらっしゃって、哲学者で『うるさい日本の私』をお書きになってらっしゃいます中島義道さんとお電話がつながっています。どんな音が気に障ります?

中島 よく誤解されますけど、日本社会は人々のしゃべる声も比較的小さいし、車の音とか比較的静かなんですよ。ヨーロッパに行くと怒鳴り合っていたり、ものすごい人間同士の叫び合いなんかあるんですが、日本人は非常に静かで、それなのに至る所から注意放送とかスピーカーの音が撒き散らされているという状況ですね。

久米 ヨーロッパ暮らしが長いから、よけい気になるということなんでしょうか。

中島 それもありますね。向こうに5年くらいいて帰ってきて25年くらいですけれども、それまでは気がつかなかったですね。帰ってきて非常に驚いてしまって、これはどうしたことかと思って。不思議なのは私がいらだって仲間たちもいるんですけれども、ほとんどの人がいらだたないということにいらだちましたね。

久米 最近はタクシーに乗ると「お客様のためを思って申し上げます、シートベルトをお付けください」とかあるんですよ女の声で。

中島 私、高い女性のああいう慈しみ深いというか、あの声が大嫌いなんですね。新幹線なんか乗るとそうですよね。

久米 山手線でも、ラジオネーム電車通勤46歳さんから「次は渋谷です、渋谷ですと録音された音が入ったあとで、英語でザ ネクスト ステーション イズ シブヤ ネクスト ステーション イズ シブヤ、駅が近づくと今度は車掌さんが渋谷でーす渋谷でーす、のべつまくなしにうるさい」と電車の中は。こういう音にうるさいといらだたない日本人にいらだつ。

中島 そうですね。それは理由があると思っていて、私も半分くらいあきらめていて、25年やってますけどね。前は日本人は鈍感だからとか、感受性が鈍いとか、アホだからとかいう議論はしたんですが、それじゃどうしても駄目でですね、結局、発想を逆にしまして、日本人の持っているものすごく他人に配慮するとか、やさしいとか、傷つけないとかいうことが氾濫の原因だと考えるのが一番いいと思ってるんですよ。つまり、日本人は隣の人に「ちょっと窓開けてください」とか「詰めなさい」ってなかなか言いにくいですよね。自分も言われたくないんですよ人から。席を譲って断られると困る人が多いわけですが、むしろそのへんがポイントで、すべて車掌さんが言ってあげるんですね。ヨーロッパですとスーパーで閉店時間になりますと、勝手に電気消して「出ろ」と言いますけれども、日本では「蛍の光」流して――あれ私大嫌いだけども――延々と放送が流れるわけですよね。ああいう人を傷つけないというものが、かなりの原因だと思ってますけどね。

久米 たとえば駅のエスカレーターとか動く歩道なんかでも、終わりになるときに「そろそろ終わります」とか、いろんなピンポーンピンポーンなんて音がしたりして、つまり近くにお子さんが、他人のお子さんでもいいんですけど、お年寄りがいた場合には、そばに立っている人たちが「足元気をつけましょうね」って言ってあげればいいんだけれども、そういうことをしないから、しょうがないから公共の放送に頼るんだということですね。

中島 それから、いわゆる弱者に合わせている社会ですから、これは非常に難しいんですけれども、ヨーロッパでも障害者はたくさんいるし、老人もたくさんいますが放送はないわけです。つまり日本の場合には、もっともわからない人に全部合わせていますから、私が抗議しますと「わからない人もいるんです」と言われるんですよね。「わかる人もいるんです」と言っても通じないんですよね。ですから、わかる人の立場を一切考えてくれない社会で、これ問題ですよね。

久米 どうすればいいですかね。

中島 たぶん、どうやっても駄目ですね。つまりはっきり言いましてですね、私たちも「運動」にはなり得ないんですよ大衆運動とか。なぜかというと、結局はほとんどの人が音に対して無関心、ではなくて受け入れているんですね。最近で言いますと、学校帰りに「下校時間になりましたから子供たちを見守りましょう」と、世田谷区でも大音響で流れるわけですけど、私があれに対して「するな」と言うのはかなり反社会的に見られてしまうわけでしょ。つまり「やさしさの暴力」という言葉を使いたいんで、やさしいという暴力なんですよ。「やさしいからいけない」となかなか言えませんからね。この難しさがありますね。

久米 僕、5年前まで自由が丘という町に住んでいたんですけど、午後になるとセスナが飛ぶんですよ。で「ひったくりに注意しましょう」と放送して、あれは驚きました。確かにひったくり増えてたんですけど、セスナから放送することはないだろうと思いましたよね。

中島 世田谷でも「振り込め詐欺に注意しましょう」というのが、朝と夕方に車で走ってますね。振り込め詐欺の被害者は確かに気の毒だけれども、それはある程度の場合には、自己責任で(対処)しなさいということが、なかなか通じない社会ということで、これは広い意味において日本人のやさしさ(の問題)ですよね。

久米 どうしようもない、というお話ですけれども、たとえば横断歩道で弱者の近くにいる人たちが黙って助けてあげる、注意してあげるということが、もし自分たちでするのがなんか嫌だから公共に任せよう、音に任せようとしちゃうと、ますますしなくなっちゃうということになります。

中島 そうですね。ですから欧米経由のいわゆる弱者思想が入ってきて日本化してしまうと、向こうでは放送ないんですけれども、日本では多くなるんでしょうね。そのとき私たちの運動にとって一番の敵が、実はそういう人権主義者だったりして、「盲人のことを考えなさい」とか「何もわからない人もいますよ」という声が、私たちに対して一番抗議してくるという構造ですよね。

久米 それは機械任せとか、役所任せとか、公共に任せるってことは、結局、日本人のお上に任せる姿勢と根本は同じなんじゃないですかね。

中島 お上もそれでいいと思ってますので。お上というのは商店街でもどこでもお上で、私、商店街の音楽も全部嫌いで、千歳烏山でもさまざまな「寝たばこに注意しましょう」まで入るわけですね。私、言われたくないんですけれども、(ほとんどの人が)そう言われて体に浴びて別にそれで不快ではない、むしろ快感だっていうことで共謀構造ですよね。お上と買い物している人たちが、お互いに支え合って成り立っているわけですよね。あるいは、季節感って日本人すごく好きですよね。あれがやはり放送で、たとえば4月になると「さくら さくら」が流れてぴらぴらぴらぴらセルロイドがあってという、あれで季節感を感じるという日本人の感性も問題だと思いますね。

久米 本物ではなくてね。

中島 日本人が非常に大切にしている伝統的文化を守ってきた感性が、こういうふうなものに間接的に加害性を持っていると思うんですけれどもね。

久米 季節感の押しつけみたいなものなんですかね。「春をみんなに味わってもらいたいからサービスしてあげたよ」みたいな。

中島 そうですね。日本人のほとんどが「あれ、うるさいからやめてくれ」って怒鳴り込めば、やめるに決まってるわけですよ。秋葉原でもどこでも私は買い物できませんが、バーゲンセールのときに静かにしてて客が集まればいいけども、一番うるさいですね。逆になればいいけども(うるさいからこそ人が)集まりますね。こういう共謀構造ですから、私たちはどうしようもないですねはっきり言って。

久米 25年間の運動で、疲れ果てていらっしゃるようなんですけど。

中島 いや、全然疲れてないんです。

久米 これからも闘っていこうと。

中島 そうですね。原因がわかってくると、悪い意味でいろいろこちら側もテクニックを磨いてきて面白いですよね。無駄なことはしなくなりますから。

久米 何か日本の町で、これだけは残してもいいなという好きな音あります?

中島 私ね、ほかの方々がいろんなことおっしゃってるから、言いたくないんですよ。私「日本の音風景100選」とか大嫌いで、これだけ音漬け社会で錯乱炸裂しているのに、その中から選り分けていい音を探すっていう発想が嫌いなんですよ。ですからそういうのには荷担しませんけどね。

久米 町中で、この音だけは残しといてもいいというのはありませんか?

中島 あるけど言いたくないです。

久米 (笑)ヒントだけでもありません?

中島 つまりね、台風でもなんでもいいんで、自然の音はすべていい音ですよはっきり言って。でも、人は今、逆になっていて、商店街ではなんともない人も「カエルの音がうるさい」とか「カラスを撲滅してくれ」とか言ってるそうですけども、逆転してるんですよね。自然の音がうるさいと言って、商店街のスピーカーはなんともないというふうになっていて。ご存じですか、京都のお寺も3分の1が(鐘を)鳴らしてないんですよ。周りの人がうるさいからと言って。私もいろいろ市役所の人、知ってますけども苦情だらけで、問題なのは日本人は非常に苦情を言う国民なんですね。世界で一番、商品に対して要求が高い国民ですよね。区役所に行っても市役所に行ってもものすごい苦情だらけで、その中で「テープ音がうるさい」という苦情がないわけですから。

久米 ないんだ。

中島 ほとんどないんですよね。(でも)犬の声がうるさいとかいう苦情はたくさんあるわけです。そういうことを知ると、じゃあどういうふうに考えればいいかって次の段階に行きますよね。

アシスタント 火の用心とか、昔からのそういうのも駄目なんですか。

中島 昔の豆腐屋さんのラッパとか、金魚金魚とかいうのはよかったわけですよね。それが急にすべてテープになってしまって、中で売ってる人はふんぞり返ってるわけですよ。ああいう雰囲気が。つまり、音というのはデシベルとか物理的な問題ではなくて、その背後の人間の態度というものを読み取ってしまうんですよ。だから野良犬はうるさくなくても、飼い犬だとうるさいんですよ。そういう人間心理が微妙に動くところなんですよ。

久米 なるほどね。どうもありがとうございました。今、火の用心の話しましたけど、港区の中村さんというのが火の用心で週に2、3回やってるんですけど、数年前にあるマンションの住人から「うるせーお前」と怒鳴られて、それ以来、そのマンションの前を通るときは拍子木だけ打っている。心の中で「火の用心」って言ってるそうです。それから埼玉県深谷市のちり紙交換歴50年「昔は朝、6時30分から『まいどおなじみ』ってやってたんですけど、今は平日は共働きで留守が多いんで、土日に限ってやっている」んだそうです。最近、僕、特に感じるんですけど、勤務時間がみんなバラバラなんで、昼間寝る人っているわけですよ。そういう人たちにとっては、昼間だからって何かやられたら「昼間は寝る時間だから静かにしてもらいたい」という人が予想のほか多いんです。だから昼間は大音量出していいっていう時代ではなくなってきているんですよね。セスナの飛行宣伝、これは東京はできないんだそうですが、大阪はOK。平日のみ土日は禁止で、酒屋さんとか肉屋さんとか自動車教習所、神社の宣伝。

アシスタント えー。

久米 セスナで上空300mを最短10分、最長2時間、1時間8万円だそうです。

――――――

 最後の最後で「火の用心にうるさいと言われた」とか、「ちり紙交換が土日しかできなくなった」とか、騒音を出している側に同情を誘うようなはがきを紹介していますが、こういうものの考え方こそが「やさしさの暴力」であり日本人の鈍感さであり、スピーカー騒音の元凶だということに、久米氏は気づいてくれたのでしょうか?
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Author:H・K
市民グループ「静かな街を考える会」会員H・Kのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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