アウトサイダーが告発する「叫び声公害」
 評論家の犬養道子氏が書いた『アウトサイダーからの手紙』(1983年)という本があります。内容は以下の通り。

内容(「BOOK」データベースより)
 列車内や街角の騒音公害、化粧されたリンゴ、病的なまでの贈答合戦、老人ホームの日欧比較など、外国暮しの長い著者が、異なる発想で日本人の「食」「住」「慣習」を見直した貴重な提言の数々。

目次
 叫び声公害
 「紅茶」と「英国」
 「贈答品」と「たわごと」
 化粧されたリンゴ
 「サクラ」と国際人
 自由と規制
 老人と女子学生
 「窓」と「洗濯槽」
 共同生活と老人
 色彩と日本人
 「拾う」はなし
 生活のリズムと風習

 第1章の「叫び声公害」というのは、このブログで取り上げているスピーカー騒音や絶叫騒音のことです。
 本会が設立されたのが84年で、この本の初版が出版されたのが83年。そのほか、拡声機器騒音や近隣騒音などについて問題提起する本が出版されるようになったのも、だいたい80年代が始まりとなっています。それまでは「当たり前」のものとして受け止められてきた日本特有の「騒音」に、おかしいんじゃないかと気づく人が出てきた時期なのかもしれません。

 ただし、それ以降も疑問を抱く人はまったく増えず、日本のスピーカー騒音や絶叫騒音はひどくなる一方。むしろ、よけいなアナウンスや音楽を「うるさいけど、しょうがない」と割り切って考えるならともかく、「注意すること、お知らせすること、大声で叫ぶことが『おもてなし』なんだ!」と、いかにも日本的に情緒で押し売りしてくるようになっている気がします。

 本書は内容紹介からもわかるとおり、日本的な押しつけの蔓延を、主にヨーロッパ社会と比較し批判したものです。
 テーマは騒音だけでなく景観や贈答習慣など多岐にわたりますが、第1章「叫び声公害」の冒頭を紹介したいと思います。

――――――

叫び声公害

 一九七八年から九年にかけて日本に八ヵ月ばかりいた。

 そんなに長くいたのは、ほとんど九年ぶりのことである。

 私は東京に小さな仕事場を置き、時々、新幹線や飛行機を使って旅行をし、快速電車や地下鉄で、都内都下、近郊近県にもちょいちょい行ってみた。

 そして、しんそこから驚いた。

「驚いた」と言うのは、あまり適切な表現でないかも知れない。何しろ、「驚かされっぱなしなこと」に毎日ほとほと驚いたと言った方がよさそうに思われる。じゃあ、何に驚かされっぱなしだったのかと聞かれれば、答は簡単・単純で、音に、である。

 ヨーロッパに戻って数日のち、私は新聞の社会欄のすみっこに小さな記事を見出した。東京に住むフランスの一青年が、選挙ポスターを破ったかどで警察につかまったと言う記事だった。日本の新聞には、どのように報道されたか知る由もないが、私の読んだパリの新聞にはこう書かれていた。「街頭演説の声のうるささのため、すっかりヘンになって……」わかる、わかる、と私は思わずひとりごとを言った。ヘンになるのは、当たりまえだ。日本で私は何度、思ったことだろう、「ああ、気が狂う!」。

「音」は、自動車や電車の音ではない。

 そういう言う機械の醸し出す音は、いまや、不幸にも、世界じゅうのすべての都会にとってつきものとなってしまった。自動車の音のうるささから言えば、四車線道路に面と向かって建てられているアパルトマン――そんなものはパリにはざらにある――の方が、東京の多くのアパート、マンションより少々「ひどい」かも知れない。

 が、いましがた言ったように、東京のみならず、日本国じゅうを満たしに満たして、日本の生活に不馴れな人間の気を「ヘンにして」しまう「音」は、自動車その他の音ではない。

 私の親しい友人のひとりは、日本人と結婚し、日本を愛し、いまはパリに住んでいるが、いつか「ゆっくり」日本に住みたいと思っている――が、

「ひとつ、問題がある」

 と彼女は言う。

「あの音! あれには耐えられないのじゃないかしら。あの音!」

 彼女の言う「音」と、私のここで言いたい「音」とは、同義語である。

 警察につかまったフランス青年は「街頭演説の声のうるささ」でヘンになったと言うが、実は、それまでにすでにヘンになっていたのが、あの形容に絶する「……お願いいたします」の叫び声の連続で、ついに爆発したのだとしか思われない。

 音とは、人の声による音、である。

 ――まず、駅に行く。どの駅でもかまわない。日本に着いてはじめて、駅と言うところに行ったそのときから「驚かされっぱなし」は開始する。

(山あいの赤字路線の、一日に乗降客何人と言うような駅も、日本のどこかにはいくつかあるにちがいなく、そのような駅だけが、最も「まとも」な状態を辛うじて保っていると察せられるが、そのような駅は、不幸にして東京・関西・中国地方の都市周辺と言う、私の行動範囲の中には存在しなかった。多くの外人旅行者の行程の中にも通常は入らない)。

 ――アナウンスと言うものをやっている。そりゃ、ヨーロッパのいろいろの国のあちこちの駅だって、アナウンスをやるところはたしかにある。が、それは大方、「何番線にハンブルグ経由デンマーク行きが入ります」とか、「イスタンブール行きはおくれています」とか、外国・外地行きの国際列車発着・通過の大きな駅であって、そのアナウンスも極めて短く、簡単ときまっている。

 それがどうだろう。日本と言う不思議な国では、微に入り細をうがつアナウンスが、ほとんどひっきりなしなのだ。千葉・東京間の短距離だろうと、ぐるぐるまわる山手線だろうと、フランス・デンマーク間などの汽車のためのアナウンスの十倍がたは、ていねいにやる。

 電車が来ます、からはじまって、危ないから白線の内側にいてくれの、ドアが閉まりますの、ちゃんと並んでくれの、考えつく限りをアナウンスする。まるで乗客が何のわきまえも判断力もない三歳児であるかのように。

 電車は驚くほどちょいちょい来る上に、どんな駅にも上り下りと、少なくとも二線は必ずあるから、いきおいアナウンスは、ほとんどひっきりなしとなる。そのうるささは耐えがたい。のみならず、ガァガァと混乱する音によって、アナスンスの内容は理解し得ない。

 しかし、人はそのような「音の絶えまなさ」をもって、「サービス」と取りちがえているとみえる。

 が、駅のアナウンスで早々とヘンになってしまったら、あとは到底つづかない。乗りこんだ車の中でもアナウンスは途切れないからだ。ああ、東横線! 「揺れるからつかまれ」「ドアに手をはさまれぬよう気をつけろ」からはじまって、ひどいときには、わずか一時間なんぼで行きつく筈の桜木町までの停車駅名と時刻を延々としゃべる。全部言ってくれたのだから、やれやれこれで終わりだと思うとさにあらず、いましがた全部言ったばかりの駅名の中から「次は××駅」と、拾いあげて、一々に言う、降り口は右だ左だと、それまで言う! 地下鉄、国鉄(いまのJR)は、それにくらべ少々静かだが、それでもやっぱり次は何駅で、と言わずにことはおさまらない。

 外出するのが苦痛になった。神経の底まで揺さぶられる気がした。揺さぶられて神経はピリピリして来た。だから、他のあらゆる公共乗物をこころみ、そのあげく、くたびれはて、「ああ気が狂う」と六本木のどまん中で大声で空に向かって叫んだ。まわりの人はびっくりしていた。

 バスは運転手ひとりの「ワンマン式」だから大丈夫だろうと考えたのは早とちりで、テープ録音というしかけがしてあった。せっかくテープを使ってきれいな声のお嬢さんを動員したからにはと言うつもりであろうか、大へんていねいだ。うるさいことに変りはない。しかも、そこまで「サービス」をしている筈なのに、外国人などのための大きな一目瞭然のバス路線図はなく、細かい、見にくいのが車内に貼ってあるだけだ。大体、フランスやスイス、ドイツ等々のバスのように、どてっぱらに大きく、遠眼にも読めるほどの文字で、どこ経由どこからどこへ、は書いてないし、まことに片手落と言う他はない。サービスとは「叫びつづけること」ではないのだ。

 バスも駄目とわかったから、タクシーをこころみた。運転手の人や好みによっていちがいには言えまいが、不幸にして私のつかまえたのは数台とも、ラジオをかけっぱなしにしていた。「すみませんが止めてください」と言ったら、ひとりは非常に不機嫌になり、ひとりは全く返事をしなかった。

 こうなったら、もう近いところは歩くに限る。いや、遠いところも歩くに限る。道路も静かどころではないが。しかし、歩いてたどり着いた先がまた大問題で、必要なこまごまとした買物にはデパートが一番だろうと考えて、入ってみれば、そこはまさに「音の殿堂」である! ことに暮近くなってからは。「坊や」と甘い声が響いて来る、「危いからエスカレーターで遊ぶのはやめましょうね」。「お母さまがた」と甘い声はまた呼びかける、「エスカレーターにお乗りのさいは……」。こんどはちがう声が響いて来る、「ただいま何階では××特別展を……」「お歳暮はお早目に……」。

 出来るだけ早く買物をすませて、ああくたびれた、コーヒーの一杯でもと喫茶店をのぞく。するとそこがまた「音」などと言うなまやさしいものではなく、音楽と人の声とでめちゃめちゃになっている。これはいかんと飛び出して、あたり一帯、コーヒーとか喫茶とか書いてある店ははじからのぞいてみたが、なんと! 「音」のない喫茶店など存在してはいなかった!

 帰京早々はいろいろと用があって、午前から外出することが多かったが、一段落して、仕事場に落ちついて、さあ、ぼつぼつと意気ごんだところ、週に数回、午前を容赦なく切り乱して、広報車とやら言うものの通るのに気がついた。都のだか区のだか、あるいは公共の団体のだか、よくはわからないが、「不用の紙や衣類等があったら……お知らせください、電話番号は」とくりかえしやる。青竹売りが性能の大へんによい、つまり大へんな音で響きわたるラウドスピーカーを使いながら週に二度くらい、ゆっくり通ることもわかった。

 私の仕事場は地面すれすれではなく、窓もアルミサッシュだから、音はかなりのていど遮断される筈なのだが、それでも(大きなデモなどの特殊事態を除き)「街に人の叫び声は全くないもの」ときまっている国々に馴れてしまった身には、大雑音となって(大仰な表現を使えば)襲いかかって来たのである。日曜と言う、現代の生活リズムに疲れはてた人々がようやく休むその日さえ、例外ではない。ヨーロッパでならどんな大きな町でも、しんかんとしずもりかえるあの、安らぎに満ちた日曜日。あまつさえ、ある日、早朝のミサに急ぐ背中に、何とか政治団体の広報車が、伴奏入りの何とか宣言を浴びせて来たときには、よほど警察に走って行って、「叫び声公害」を訴えようかと考えたほどである。

 教会の鐘の音だけが響きあう日曜日のヨーロッパの町々を、私はその朝、涙ぐむばかりになつかしんだ。

「竹や、青竹」

 たしかに風情はある。しかし、そう言う風情は、生活の質の緊張度の急速に高まった時代、果して、昔と同じ「風情」なのだろうか。焼芋売りも同じことで、夜の十時ごろから窓の下で叫びつづけるのには閉口した。ほとほと悩まされた。私の仕事場の場所柄えらびまちがっていたのじゃあるまいかと、しみじみ思った。が、どうやら他の人は、青竹にも焼芋にも不用品にも、全く無関心であるらしかった。

 私はとうとう、青竹、焼芋、新幹線、街頭演説、広報車一切合財くるめた「叫び声公害」について、数人の識者の意見を聞きに行った。人選がまちがっていたのかも知れないが、オピニオン・リーダーとして各方面に知られているその数人の答は、私を驚倒させた。「そりゃ、たしかにうるさい。やめさせたほうがいい。しかし叫び声禁止令を出したとき、どうなるか、考えたことがあるかね。酔漢にからまれたり追剥ひったくりに出合ったりした人が『助けてェ』と叫んでも、罪に処せられることになってしまうんだよ。火事に気づいて大通りに走り出て『火事だァ』と叫んでも、ね」! 私は自分の頭の悪さを思い知らされた。識者たちの言おうとしていることが全く理解出来なかったからである。あまつさえ、「悪平等とはこのことだ。いまの日本の悪のひとつがこの悪平等なのだ」などと考えてしまったからである。

“アウトサイダーからの手紙”とはキザな題だが、日本に住む日本の人にとって何とも感じられないことどもに、「ついて行けなくなってしまった人間」の意味でのアウトサイダーである。ヨーロッパの方が万事よい、などと言う時代錯誤的な「崇拝」は、長くその地に住めば住むほど、不可思議な迷信と思われて来る。だから、どちらがよくてどちらが悪いと、客観的に、もしくは十把ひとからげに比較しようなどと言うつもりはさらさらない。いま、ここで問題になっているのは、日本と言うところは、列島一帯「人声」に満ちあふれているところであって、それを人はサービスと思い風情と思い(あるいはてんで耳にとどめず)、当りまえに受けとめて暮している、それが私には、もはや出来なくなってしまったのだと言う点である。

 そして、それを私流に分解(と言うと大げさだが)してみると、第一に健康上、衛生上よくないとしか思われない。(後略)

――――――

 興味のある方は、図書館で借りたりして続きを読んでみてください。

 あとは、本題とはなんの関係もない息抜きのくだらない話です。
 上記のリンク先、この本のAmazonの売り場は、なぜかカバー画像が谷崎潤一郎になっているのですが、こういう画像の取り違えって意外にあるみたいで、以前、こんなものも見つけて笑ってしまいました。

虚航船団の逆襲.jpg

藤原紀香.jpg

ホンダCBR250RR.jpg
関連記事


カテゴリ:騒音をめぐるあれこれ
TOP PAGE

 <<(次)『AMENITY』32号発行のお知らせ

警備そっちのけで呼び込みをする警備員(前)>>
 
■パンくずリスト

TOP PAGE  >  騒音をめぐるあれこれ >  アウトサイダーが告発する「叫び声公害」

■プロフィール

Author:S.B
市民グループ「静かな街を考える会」会員S.Bのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

■最新記事
■カテゴリ
■月別アーカイブ

■全記事表示リンク
■ブログ内検索

■会員の著書(上から順におすすめ)
■リンク
■RSSフィード
■QRコード

QR

■アクセスカウンター

FC2Ad