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「思い」を押しつけるJRの旅行案内放送
 人との待ち合わせを鉄道の駅、特に「JR●●駅の改札口で」と指定されると嫌になってしまいます。山手線やその内側の駅が目立ってひどいのですが、ここ数年、エンドレスで流され続ける東北旅行の案内放送はしつこすぎる。
 私はたびたび、この放送に苦情を言っているし、この夏も仕事で原宿駅に降りたとき、改札口だけでなくホームへ続く通路全体にこの放送が流されていることに腹が立ち、駅員にやめてくれと言いました。

 「(改札の脇に旅行パンフレットが並べてあるのを指しながら)ああいうふうに、通路にパンフレットを置いて旅行の販促をするのはわかりますよ。パンフレットなら見たい人は手に取って見る、興味のない人は無視すればいいだけですから、別に誰の迷惑にもなりません。企業の販促行為としてまっとうだと思います。でも改札を通る人全員に、スピーカーから強制的に旅行案内を聞かせるのは音の暴力でしょう。ちょうどいいからパンフレットに例えましょうか。あのようにパンフレットを壁際に置いて『興味のある方はご覧ください』とさりげなくアピールするなら邪魔にならないけど、通路の真ん中に棚を置いてパンフレットを並べたら歩行者の迷惑になりますよね。そんなことはわかりきっているから、あなた方もパンフレットを壁に沿って並べてるんでしょう。それなのになぜ、スピーカーから無差別に強制的に、誰に対しても無理やり旅行案内を聞かせる行為をおかしいと思わないんでしょうか」

 駅員は「この放送は本社からの指示で流していまして……」という言い訳と同時に、こんなことを言いました。
 「みなさまに、ぜひ旅行に行っていただきたいという思いで放送しております」

 この「思い」という言葉、日本人は本当に大好きです。まるで「思い」があれば、それを実現する方法や周囲に与える影響はどうでもいいと言わんばかりに大好きです。「思いがあれば、なんでもできる(していいのだ)、1、2、3、ダー!」ってところなんでしょうかね。それを言って許されるのは猪木だけですよ。

 「それなら、この放送を迷惑だと感じる人の『思い』は、どうなるんでしょう。JRの『思い』やあなたの『思い』を押しつけるためなら、それを苦痛に感じる人の『思い』は無視してもいいということなんでしょうか」
 そう質問しても、駅員はただ「はい、はい」と繰り返すだけ。もちろん「わかりました」「そのとおりですね」という意味の「はい」ではなく、ただの条件反射です。まともな返事が返ってくることはありません。

 「鉄道の駅というのは、ただでさえアナウンスが多いところです。列車の運行に必要なアナウンスだけでも多くなるのは理解できますよ。だからこそ『必要なアナウンス』に乗客の耳を傾けさせるためにも、よけいなアナウンスはできる限り減らすべきじゃないでしょうかね。旅行案内なんて、その駅を利用することと関係がないアナウンスの典型的な例でしょう。こんな放送をエンドレスで流し続けるなんて、JRは乗客の安全や、駅を快適に利用してもらうことを軽視しているとしか思えませんが」

 そんなことをいろいろ言いましたが、駅員は最後まで曖昧にうなずくだけ。私もその場で「この放送をやめます」なんて返事が返ってくるとは期待していないので、「よ~く考えてみてください」と言って駅を出ました。

 この東北旅行の案内放送は本会の会員にも不快だと言う人が多く、駅やJR東日本の「ご意見承りセンター」に何度も何度も苦情を言っています。私も今回の原宿駅に限らず、他のJRの駅で何度も「やめてくれ」と言っています。

 まあ、「思いがあれば(思いがあると口先だけでも言っておけば)、なんでも許される!」と考えている連中がその考えを変えるとは期待していないので、いちいち結果を確認するためにその駅を再訪したりしません。だから苦情を言った駅がその後どうなっているかわかりませんし、この放送がなくなるという期待なんか最初からしていません。
 原宿駅も、この日の帰りはJRを利用したくないし、(JR以上にアナウンスがうるさい)東京メトロも使いたくなかったので新宿まで歩きました。次に原宿に行く用事ができるのが半年後か、1年後か、5年後かわかりませんが、どうせそのときも「思い」のために、電車に乗ることと無関係な販促放送は流され続けているんでしょう。

 山本七平の『「空気」の研究』を引き合いに出すまでもなく、日本人はなんでも「空気」で支配し、「空気」で支配されたがります。その結果が「どうせ勝てるわけもない」戦争を引き起こしたのだし、日本社会の根底にある大きな問題だという指摘はさんざんされているわけですが、最近はその「空気」を作り出すために、メディアでも日常会話でも、人々が「思い」という言葉を乱発する傾向にある気がします。
 「この思い、届けえ!」みたいなことを叫びたがる一方で、その「思い」はどんな必要性があって生じてきたのか、実現したほうがいいことならどのような合理的な算段が必要か、結果として周囲にどういう影響を与えるかなどは一切考えようとしない。ただ「だって、そう思ってるんだもん! だからやるんだもん!」と叫び、「空気」を支配したがる人たちばかりあふれています。

 そのことに唖然としたのが、しばらく前に図書館で遭遇した出来事なのですが、長くなるのでまた時間があるときに書くかもしれません。
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Author:H・K
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