祭りの本音は「絆」じゃなくて「金儲け」?
 祭り(の騒音)について、思うところをだらだら書きます。

 いよいよ夏祭りの季節になり、昨日、うちの近くの保育園で「子供祭り」が開かれました。近隣では、ほかに小学校の校庭でおこなわれる(やはり)子供祭りと、地域で一番大きな夏祭りが8月にあります。
 ほかにもいくつかの神社や公園で開かれる小規模な祭りはあるみたいですが、私の家に「音」の影響があるのはこの三つです。

 去年、保育園の子供祭りでは、いきなり大音量の「ソーラン節」が始まってしまい、その練習も含めてかなりうるさかったことはこのエントリーに書きました。
 1年たって、そんなことはすっかり忘れていましたが、今年は(なぜか)ソーラン節はなかったようです。それどころか、祭りをやっていることにこんな私でも、まったく気がつかなかったほど「静か」だったのです。それがなぜなのかはわかりませんが。

 しかし、夕方近くなって、どこからかハンドマイクで「*〒*○●〃♂〆∥#@§!」とがなり立てる声が。やや遠くからだったのではっきり聞こえませんでしたが、私はこれを共産党か共産党後援会か東京土建(騒音3バカトリオ)の演説だと思ってしまいました。
 「また来たか!」とうんざりしたものの、ちょうど仕事が一区切りついたばかりで疲れていたので、このまま近づいてきても「やめろ!」と言いに行く気力はありません。そこで、さっさと着替えてどこかへ避難することに決めました。

 ところが外に出ると、ハンドマイクの音は子供祭りの会場からとわかりました。そして、なんだ避難することはなかったと思うと同時に、やっぱり日本のスピーカー騒音に「やれやれ」とあきれてしまいました。

 ハンドマイクは「これから屋内で人形劇をおこないます! ご覧になられるお子さんや保護者の方は、保育園の中にお越しください!」とがなり立てているようでした。
 これがバカでかいのなんのという音量で。
 子供祭りは、保育園の園庭にたくさん屋台が並び、近隣の住民にも開放している祭りで、子供も大人も大勢集まっていました。ハンドマイクの音が聞こえるまで、どんな催しをやっていたのかわかりませんが、すぐ近くの家で仕事をしていた私がまったく気づかなかったので、今年はわりと「粛々とした」祭りだったんでしょう。

 別に祭りをやめろと言うつもりは一切ないし、年に一度のことなんだから、多少の音楽や歓声が聞こえてくるのは全然かまいません。でも、祭りそのものの音はほとんど聞こえてこなかったのに、職員のハンドマイクの音だけが飛び抜けて大きい。とにかくこれが、日本のスピーカー騒音の現実を表しているようで、なんとも腹立たしくなってしまいます。

 たいして大きな園庭じゃないんだから、「保育園の中にお越しください!」なんてわざわざハンドマイクで叫ばなくても、ちょっと大きな声で知らせれば、周りの人に十分聞こえるはずなのに。
 そして、その声を聞いた参加者が、知り合いでも知り合いじゃなくても「人形劇だそうですよ奥さん!」なんて声をかけあったり、屋台のおっさん(プロではなくおそらくボランティアの住民)が「人形劇だって。行っておいで」なんて子供に言ってあげたりするほうが、よほど「地域の絆」を作ることになるんじゃないかと私は思うんですけどね。
 そういうことを考えるより、てっとり早くハンドマイクを使って「*〒*○●〃♂〆∥#@§!」とがなり立て、軍隊のように一律に行動させることを無意識のうちにでも選んでしまうんだから、これぞ日本のスピーカー騒音の典型的な現象でしょう。

 その後、祭りは夜7時半くらいまで「東京音頭」を踊ってお開きになったようです。この音頭はもちろんうちにも聞こえてきましたが、耳をつんざく大音量というわけでもなかったし、別に全然かまわないです。あまり夜遅くまでやられたらいろいろ考えたでしょうが、7時半くらいなら許容範囲だと思いますし。

 それにしても、祭りの音は(ハンドマイクと東京音頭を除けば)たいしたことがないのに、日頃、この保育園から聞こえてくる子供の奇声、絶叫は凄まじいけたたましさ。これが逆ならわかるのですが、どうしてそんな「ねじれ現象」を生んでしまうのか、正直なところ私には理解できません。

 そういえば、うちの地域で一番大きな祭りは、数年前まで1㎞以上に渡って道路を歩行者天国にしておこなわれていました。
 ところが、協賛している商店街のうち、周縁地域の商店街が「メリットがない(つまり客寄せにならない、金儲けにならない)」ということで、協賛から降りてしまったそうです。
 そのせいで、祭りの会場は3分の2程度の大きさになり(やっていることは変わらないので「密度」が高くなった)、何より協賛金が確保できなくなって、主催者は試行錯誤しているようです。

 私はこういう話を聞くと「『祭りで地域の絆を作ろう!』なんて美しいこと言ってるけど、金儲けにならないとわかったとたん、さっさと降りてしまうんだから、ずいぶん現金なものですね」と思ってしまいます。
 我ながらちょっと皮肉が過ぎるとは思いますが、日頃、この手の「音」に苦情を言うと「人と人との繋がりは大切だぞお」「人は一人では生きられないんだよ」なんて、いかにも善人が悪党を裁いたり、諭したりするような建前ばかり言ってくるのが日本の社会です。

 その善人が本音では「金にならないとわかれば、さっさと祭りを拒否する」んだから、なかなか面白いものです。やっぱり、ちょっと皮肉が過ぎるとは思いますが、そう思ってしまうものは仕方ありません。
 「地域、地域」なんて言うわりに、私が「こんなに町を汚してるんですよ」と指摘する不動産業者の違法看板については、なんの問題意識も持たないしね。

 この祭りは、300m以上離れた私の家にも聞こえてくるほどの大音量でカラオケの音を響かせたり、「いくらなんでも考えてほしい」という点が多々ありました。それらのあまりにも過剰な「音」については2年前のエントリーに書きましたが、その後、主催者に電話で苦情と要望を伝えました。
 そのときに聞いた話では、私よりもっと会場の近くに住んでいる人たちから、祭りの最中に何本も「うるさすぎる!」というクレームがあったそうです。

 去年の祭りでは、その苦情が受け入れられたのか、それとも「たまたま」なのかどうかわかりませんが、一昨年より聞こえてくる「音」が控えめで、これならそれほど苦痛を感じなくて済む、というレベルになっていました。
 今年はどうなることやら。
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Author:静かな街を考える会 別館
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