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「空いている席」に座らないで、どこに座ればいいの?
 先日の朝日新聞の読者投稿欄「声」に載っていた投書から。

――――――

後から来る人への席配慮は悪習

大学非常勤講師 ●●●●
(神奈川県 64)

 過日、ある集まりに参加した。開始10分前には席がほぼ埋まった。主催者が「後から来る方のために前にお詰め下さい」と繰り返しアナウンスをしていた。アナウンスだけでなく、端の方の席に座っていた私を含め数人が、強引に真ん中の席に移動させられてしまった。

 座席指定がない集まりではしばしばあることだが、これは悪習ではないだろうか。かぶりつきがいい人もいるだろうし、席を立ちやすいように端がいい人もいるだろう。だから早めに行って、自分の好みの場所をキープするのである。

 遅れて来る人のために、先に来た人が好みの席から移動させられるのはどう考えてもおかしい。電車やバスのように入り口で止まってしまうと、中は空いているのに乗れないというのとは事情が違う。遅れてきた人は空いている席に座るよう、主催者は促せば十分だ。

――――――

 この投稿者は「先に来ていた人が、後から来る人のために席を移動させられるのはおかしい」と言っているわけですが、その主張は正しいと思います。
 ただ、あえて言えばもう一歩踏み込んで、「早く来て好みの席に座っていたのに、強引に移動させられた」という行動そのものより、「どんなことにでも、いちいちアナウンスを流すバカらしさ」について考えてもらえたら……と思いますけどね。

 「遅れてきた人は空いている席に座るよう、主催者は促せば十分だ」とありますが、そもそも、そんなアナウンスすら不要なんですよ。
 だって「空いている席」に座らないで、どこに座ればいいの? 「空いていない席」に座るなんて物理的に不可能なんだから、「空いている席に座れ」なんて、いちいちアナウンスで促すようなことじゃないでしょう。
 それとも日本人は、「空いている席に座れとアナウンスで言われないと、空いている席に座ることすらできない」ってこと?

 ……いや、これが実際にそうだから恐ろしい。
 少し考えてみれば「それ、なんの意味があるの? なんの役に立つの? なんでいちいち命令されなきゃいかんの?」と言いたくなるようなアナウンスや看板が、そこかしこに氾濫しているのが日本の社会なのに、そのおかしさにほとんど、誰も気がつかないんだから。

 この人は、電車やバスで「扉付近に立ち止まらず中にお詰めください」なんてアナウンスを流すことは肯定しているようですが、それだって本当は必要ありませんよ。
 ちょっと想像力があれば、扉付近に人が固まったら後の人が乗れなくなることぐらいわかるはずなのに、「お詰めください」というアナウンスが流れようが流れまいが、扉の近くから梃子でも動こうとしない人間ばかりというのが現実だもんね。
 だったら、そんなアナウンスなんてないほうがましですよ。

 「詰める」といえば、とても胸くそ悪いことを思い出したので書きます。

 もう数年前のことですが、突然の夕立に襲われながらバス停に行ったら、先に並んでいる人が12~13人ほどいました。日本人はこういう行列を作るとき、必要以上に前の人との距離をとるから、先頭から7~8人くらいはバス停の屋根の下に入っていましたが、最後の数人は屋根からはみ出して、ずぶ濡れのまま立っていました。私も含めてみんな傘は持っていましたが、それがほとんど役に立たない豪雨です。

 私は最後尾に並びながら猛烈に腹が立ったので、「後ろの人が濡れるんで、もっと詰めてもらえませんかね!」と大声を出しました。前のほうの連中はほとんど振り返りもせず、誰かなんか言ってるな~、しょ~がね~な~、という態度で少しずつじりじりと間隔を詰め、ようやく私を含め全員が屋根の下に入ることができました。

 こんなとき何がイライラするって、列の後ろの人を気遣おうともせず、ガバガバ間隔をとって並んでいる鈍感な先頭の連中……に対してだけじゃありません。
 そいつらはもちろん、ずぶ濡れのままバスを待たされているのに「詰めてください」の一言すら言わず、私が「詰めてくれ」と言ったから屋根の下に入ることができたのに「ありがとう」とか、別に言葉にしてくれなくてもいいけど、感謝するような仕草をしてくれる人すら誰一人いなかったことです。
 それどころか、チラチラこちらを振り返ってくる目は、明らかに「なんなの~この人」とでも言いたげだったもんね。

 こういう人たちは「もう少し詰めてくれ」と言うより、黙ってずぶ濡れになっていたほうがいいんでしょうかね。「濡れるから詰めてください」と言うのは、断崖絶壁から飛び降りるほど難しいことなんですかね。日本の社会では「詰めてください」と言う人間のほうが「おかしい」んでしょうかね。

 ま、同じ状況でも、私という個人が個人の権利として「詰めてくれ」と言うのではなく、スピーカーから「後ろの方のためにお詰めください! 後ろの方のためにお詰めください!」なんてアナウンスが流されていたら、誰もが黙って従うんでしょうね。ガバガバに並んでいたとしても、私が「スピーカーからも放送してるだろ!」なんて言うと、急に赤面しながら前に詰めたりするんでしょう。

 店などに作った行列で、店の人間が「前にお詰めくださ~い!」と指示しているときには、誰もが従順に従うのも同じこと。
 「個人が個人として発する声は異様に嫌うくせに、スピーカーという権力を通した声にはとたんに従順になる」のは、日本人の典型的な反応です。

 だから、世の中のほとんどの人は「もっとスピーカーで放送して! 看板で注意して!(自分では言えないから!)」なんて要求し続けるわけですが、「そんなことすら言えない自分はおかしいんじゃないか」「子供じゃないんだから、それくらいはっきり言わなければ」とは一切考えません。
 「権力」に言ってもらわないと何もしない、できない(そのくせ、自分が権力の一員になったとたん、どんなくだらないことでも「ああしろ、こうしろ」と大声張り上げて押しつけてくる)のに、自分ではそのことの幼稚さやおかしさにまったく気がつかない……。

 このときも、私はバスに揺られながら「どうしてだろ、なんでだろ」といろいろ考え込んでしまいましたが、きっと考えたってしょうがないんでしょう。
 日本人なんて「そんなもん」なんでしょうからね。
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Author:H・K
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