度が過ぎれば「井戸端会議」だって迷惑だよなあ
 道路で遊ぶ子供、つまり「道路遊び」がうるさいという声がある一方、「井戸端会議」がうるさいという声もあるようです。
 無理にでも分類すれば、路上で子供だけが騒ぐ、あるいは大人がいても「うるさい」の中心が子供の場合は「道路遊び」、大人だけが騒ぐ、あるいは子供がいても「うるさい」の中心が大人の場合は「井戸端会議」と言っていいのかなと思います。ま、両方合わせて「道路族」ってことですね。

 道路遊びの被害についてはこのエントリーなどに書いてますが、私も以前、うるさい井戸端会議に悩まされた経験があります。

 数年前の秋、20メートルほど離れた近所の家に、夕方になると2人の小学生が集まるようになりました。理由はよくわかりませんが、雰囲気からすると、その家の住人がパートで夜まで働く同級生の親に「よかったら、仕事が終わるまでお子さん、うちで預かるわよ!」なんて言って、その家が簡易託児所になった……そんな印象でした。
 別にそのこと自体はかまわないのですが、問題は母親3人と子供3人、計6人の「解散式」です。

 夜7時頃になると子供たちの母親がやって来て、路上でその家の母親と子供を交えて「どうもお世話様でした!」「バイバイ!」「また明日ね!」みたいな挨拶が始まるのですが、こいつらは「またね!」と言っているくせに全然帰らない(笑)。何度も「またね!」「バイバイ!」と繰り返しながら、結局は「ところで奥さん、お聞きになった!?」とばかりに、そのまま路上で井戸端会議が始まるのです。そして、その声のでかいことでかいこと。30メートル離れたうちの中にまで、キンキンキンキン突き刺さってくる金切り声でした。

 親がうるさけりゃ、子供だって真似をしてうるさくなります。小学校低学年らしい3人の子供たちは、すぐに「ジャンケンポン!」だのと大声で叫ぶようになり、「よーい、ドン!」と路上でかけっこを始めます。キャーキャーキャーキャーはしゃぎながら、かくれんぼなんかもしていたなあ……。

 季節が秋ですから、夜7時といえばもう真っ暗で住宅地は静まりかえっています。そこに響く主婦の金切り声や子供の奇声、「ドタドタドタ!」と走り回る靴の音は、もう明らかに騒音です。
 私が運が良かったのは、この騒ぎが週に3回、1回あたり30分ほどで済んでいたことでしょう。それでも次第に耐えられなくなったので、「このまま続くなら、苦情を言いに行かねば」と思っていたのですが、半年ほど経ったところで、いつの間にかこの路上集会は開催されなくなりました。

 それ以来、いわゆる「井戸端会議」には悩まされていません。たまに、どう見ても70歳くらいの老人たちが「いったい、どこからそんな声が出るんだ」と不思議に思うほど、大声を張り上げながら路上ではしゃいだり(見苦しいねえ)、夜10時頃に「あら~あ、ほんとなのそれ!?」なんて主婦の立ち話が聞こえてきたりすることもありますが(何時だと思ってんだろうね)、別に日常的にというわけでもないので、気にせず放っておくしかありません。

 井戸端会議や道路遊びをする人たちのことを「道路族」と言うらしいですが、どちらも結局、程度問題でしょう。たまたま顔を合わせた知り合いと少し路上で立ち話をしたり、どこかへ出かける前にちょっと道路で子供たちが遊んだりするくらいならかまいませんよ。それなのに同じ路上を毎日のように、まるで自分の家ように占拠して、しかもキーキーギャーギャー桁外れの叫び声を上げながらはしゃいだり、遊んだりするから、こういう「道路族」というのは嫌われてしまうのです。

 道路だけではありません。公園だって「子供が遊ぶ場所」とはいえ山の中じゃないんだから、周囲に民家があり、そこで人が暮らしていることが想像できるなら、少しは「そんなに騒がないで遊びましょ」と子供をしつける親がいてよさそうなものですが、現実にはそんな期待をしても虚しいだけです。
 先日も、近くの公園にキーキーと巨大カミキリムシのように叫ぶ女児がいたのですが、見るとその母親らしい女はベンチの上でスマホを睨みつけながら「体育座り」をしていました。小学生や中学生じゃあるまいし、人が座るためのベンチに靴底をべったり付ける、そんなはしたない座り方をする親が、子供をしつけられるわけないよなあ……。

 ああそれから、こういうエントリーではどうしても「主婦」や「母親」のマナーの悪さばかり書いてしまいますが、あんたたち、スーパーの通路で立ち話をするのはやめてくれよ(泣)! 邪魔くさくてしょうがないんだよ(怒)! 私は「黙って睨みつける」とか「肘で押し退ける」というようなやり方はあまりしたくないので(でも、たまにするよ。私も『そういう意思表示の仕方がデフォルトになっている』現代日本人の一人だからね)、できるだけ「邪魔なんで、どいてくださいよ」とはっきり言うようにしているのですが、そういうとき、主婦って必ずと言っていいほどこちらをチラッと見て、無言のままたった数センチ横に移動するだけ。「すいません」だの「ごめんなさい」だのといった言葉を聞いた記憶がありません。もちろん、その後もほぼ同じ場所で、延々と立ち話が続くだけです。

 どうして、ああいう人たちは、そこまで「スーパーの通路が大好き」なんでしょうか。スーパーの通路には、何かあの手の人たちを引き付ける磁場みたいなものがあるんでしょうか? スーパーの通路での立ち話は「道路遊び」や「井戸端会議」に通じる見苦しい行為だと思うのですが、あんなことをして人に迷惑をかけて何が楽しいのか、私にはさっぱり理解できません。
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カテゴリ:近隣騒音
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