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子どもは社会の宝だって???
考えれば考えるほど、公園や路上といった公共空間からの子どもの騒音は迷惑だし、「子どもなんだから大声出して遊ぶのはしょうがないだろう、我慢しろ」などと社会から受容することを強要される風潮にも納得いきません。

うちの近くの児童公園とその周囲の路上から、今日もずっと、毎日のように現れるクソガキ団(小学校1年~6年生の混成部隊7、8人)ご一行様の常軌を逸した騒音が聞こえ続けています。もう胃が痛くてたまりません。これが今の季節は7時頃まで続きます。
このガキどもの親に限らずですが、大方の親は自分の子どもが家の中で大騒ぎをして遊ぶとうるさいから、「外で遊んできなさい!」と外に出すわけです。
もちろん、子どもが外で遊びながら行動力を身につけたり、社会性を養ったりすることの大切さもわかりますし、何も子どもを外に出すのは「自分がうるさいから」だけが理由でないこということもよく理解しています。
でも、親が自分がうるさいからと子どもを外に出し、その間、ほっとしながら家事をしたり、午後のお茶でも飲みながら優雅に過ごしたりしている面があるのも確かでしょう。それは否定できないはずです。
つまり、親は自分が居心地のいい空間を作るため、赤の他人に子どもの騒音を押しつけているという構図があると言えなくもないわけです。

こうした構図に少しでも気づくことができるのなら、自分の子どもが外でどんな騒音を出しているか、人様にどんな迷惑をかけているか想像を巡らしたり、「なんとかなりませんか」と意見を言われたら素直に受け入れて子どもと話し合ってみたりしてほしいものなのですが、実際にはそんなことはほとんど期待できません(実体験あり)。
「子どもは社会の宝」という言葉を否定するつもりはありませんが、それにしても限度というものがあります。「あんたにとっては宝でも、こっちにとってはゴミなんだよ!」そう言いたくなるくらい子どもの騒音というのは、限度を超えるとすさまじいものです。
それに気づかず(気づいても知らないふりをして)、自分だけが快適な家の中で優雅に過ごして当然という親の態度は、一種の「暴力」と言ってもいいと思います。
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Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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