「ニセの活気」をおかしいと思わない日本人
日本人というのは、「自然な活気(楽しさとか癒しなども含む雰囲気全体)」と「人工的な(ニセモノの)活気」の区別がつけられない性質があるようです。「日本人は繊細な自然観を持っている」なんて、まるでおかしなセルフイメージでしかありません。
「商店街に活気がないから音楽を流そう」などと考えるのが、その典型的な例でしょう。駅で「癒し」のために音楽を流したり、「親しみ」のために発車メロディーを鳴らしたりするのも同じです。
「音」の問題だけではありません。商店街に行けば音楽だけでなく、原色でけばけばしく邪魔だなだけの看板やのぼり、造花、万国旗(だいたい万国旗って、なんの意味があるんだ?)など、よけいなものばかりで「ニセの活気」を演出し、それを「おかしい」とも思わない客ばかり。

百歩譲って「音」の問題に鈍感な人ばかりなのはしょうがないとしても、スーパーなどでモニターから宣伝ばかり流しているのを見て、「エコエコ言うなら、あんなものでよけいな電力を使うのはやめませんか」と言わない人ばかりというのも理解できません。
商品はまさに「目の前」にあるのだから、よけいな電気を使って「あれ買え、これ買え」と言われる必要など、まったくないだろうに、誰もそれを疑問に思わないのだから不思議です。

先日は、あるスーパーでたまたま卵の特売日に行ったら、売り場のスピーカーから「本日は卵が大安売り!」というけたたましいアナウンスが流れていました。
ちょうど目の前にコンセントがあったので、即座に根元から「ブチッ」と抜いて買い物を続けましたが、そのとき、私のすぐ横にどこかの若奥さんがいて、なんとなくすーっと私から目をそらしたような気がしたのですが、そんなこたあどうということはありません。しょせん赤の他人なのだから、どう思われようがかまいません。
ちなみにそのときも、コンセントを抜いて20分以上買い物を続けましたが、最後まで店員はスピーカーからアナウンスが流れていないことに気づかないようで、元に戻すことはありませんでした。
だったら最初から流すなよな。
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カテゴリ:店・施設・商店街
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Author:静かな街を考える会 別館
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