拡声器の「いしや~きいも~」が冬のメロディーねえ
 今日の朝日新聞夕刊が、また拡声器騒音を賛美してます。ニュースがなくなり暇になると必ずこれをやるマスコミには、もううんざりなんだけど。

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デコトラ、石焼きイモを売る 見てもおいしい現代アート

2015年1月27日13時32分

 「いしや~きいも~」。聞き慣れた冬のメロディーに振り返ると、ど派手な改造車が――。城の天守閣のような飾りに極彩色の電飾、イモを焼く窯からは8本のとがった筒が伸びている。その正体は、れっきとした「アート作品」だ。

 手がけたのはアートユニットYottaの木崎公隆さんと山脇弘道さん。京都造形芸術大学で講師を務めながら、授業のない日には東京都内各地で石焼きイモ屋を営む。最近では見かけなくなった日本独特の文化や美意識を作品化し、その魅力を改めて発信するのが狙いだという。

 作品のテーマは「デコトラ」。陸運局に通って法規を学び、トヨタ自動車の高級車「センチュリー」を中古で購入し改造。実際に公道を走行できる車両に仕上げた。飾りも窯も、すべて積載物扱いだ。「六本木アートナイト2010」の出展作品として制作したのが始まりで、毎年冬になるとイベントや街頭で石焼きイモを販売してきた。

 なぜ現代美術作家がイモを売るのか。木崎さんは「現代美術ってどうしても小難しいイメージなので、遠目に見るだけじゃなく、近くに寄ってきてほしい」と話す。

 昨年は若手の登竜門として知られる「岡本太郎現代芸術賞」に入選。2月からは川崎市の岡本太郎美術館に展示されるが、平日は街に出て営業する予定だ。(内田光)

デコトラ石焼き芋屋

http://www.asahi.com/articles/ASH1W36JBH1WUQIP007.html?iref=comtop_list_nat_n04

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 ふ~ん。

 うちの近所には、4年ほど前から3年前にかけて、たびたび軽トラの焼き芋屋が現れて、そのうるささに閉口しました。いくつかの業者が入れ替わり立ち替わり来ていたようで、警察に立ち会ってもらい「都の環境確保条例違反、および道路交通法違反」と苦情を言い追い払ったこともあります。
 当時は同時にラーメン屋の軽トラも徘徊していて(なんと深夜2時まで!)、移動販売業者の騒音に悩まされたものです。

 結局、焼き芋屋もラーメン屋も、いつの間にか河岸を変えたらしく現れなくなりましたが、それでも今も一冬に2、3回は姿を見せます。一昨日の日曜日も夜7時ごろ「おいも~おいも~おいもだよ~ほっかほか~のおいもだよ~」と間の抜けたスピーカー音が聞こえてきて、近づいてくるかとイライラしていたらどこかに消えていったので、胸をなで下ろしたばかりです。

 この記事の冒頭の<「いしや~きいも~」。聞き慣れた冬のメロディー>という、スピーカーから垂れ流される音を季節の風物詩のように受け止める感受性が、私には理解できません。
 本当の季節の音というのは、冬ならびゅーびゅー吹き荒ぶ北風の音、その中を歩く人たちが口々に交わす「寒いね」というざわめき、テーブルの上で鍋がぐつぐつ煮える音、そういう音のことを言うんじゃないでしょうか。
 拡声器で増幅され、誰が何をしていようが無理やり聞かされる<いしや~きいも~>の濁声が<冬のメロディー>だなどと、少なくとも私はちっとも思いません。
 デコトラの石焼き芋がアートだか現代美術だかなんだか知らないけど、頼むからうちの<近くに寄って>こないでくれよ。

 そもそも、このアートユニットとやらは<最近では見かけなくなった日本独特の文化や美意識を作品化し、その魅力を改めて発信するのが狙い>なんて言っているようですが、<最近では見かけなくなった日本独特の文化や美意識>ってなんのこと?
 それがこのデコトラ石焼き芋のような、日本文化の一面を確かに表している「婆娑羅」な美意識を指しているなら、原色ギトギトの看板やのぼり、あらゆる場所から錯乱炸裂するスピーカー音に埋め尽くされた日本の町に、相変わらず健在じゃないか。というよりも、そのドギツサは酷くなる一方です。それを<見かけなくなった>と感じるのがアートな感性っちゅーんですか? けっ。

 もう一つ、指摘しておきたいのは、この焼き芋屋がスピーカー音については東京都の環境確保条例、路上での商売については道路交通法を守っているかどうかという点です。

 動画を見る限りでは、実際にどんな<いしや~きいも~>のメロディーを流してるのかよくわかりませんが(冒頭のテクノっぽい音楽?)、環境確保条例で定められた「拡声器の音量は(区域によって異なるが住居専用地域では)55dB以下」(55dBは人間の話し声程度)や、「スピーカーの使用は午後7時まで」という規則は守ってるんでしょうか。
 道路交通法の第七十七条「場所を移動しないで、道路に露店、屋台店その他これらに類する店を出そうとする者は、管轄する警察署長の許可を受けなければならない」は遵守してるのかな? 動画では明らかに路上(しかも見通しの悪いトンネル内のカーブ)に車を停めて営業しているようですが、いくらなんでも危険過ぎるんじゃないのかね。

 そもそも、車の改造については<陸運局に通って>まで、違法にならないよう神経を使っている(と、わざわざ強調している)のに、その車を使った商売の方法については無神経さしか感じられないバランスの悪さは、いったいなんなんでしょうか。
 以前のエントリー『「静かに笑顔で」商売するアイスクリーム屋』で紹介した、ロンドンのスマートなアイスクリーム屋台と比べると、あまりの違いに涙がちょちょ切れそうです。

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カテゴリ:廃品回収・移動販売
道路標識の改竄は逮捕するのに、捨て看板はいいのか?
 このところ、不動産業者の捨て看板(捨てカン、電ビラ、電バリとも言うらしい)問題についてほとんど書いていませんが、それらは相変わらず電柱、道路標識、街灯、街路樹、ガードレールなどに大量にベタベタと貼り付けられています。路上にはパイロンが放置され邪魔で見苦しいばかり。
 私はこのブログに書いていないだけで、看板を見かけると自分で剥がしたり、交番に行って「剥がせ(剥がしてくださいよ~取り締まってくださいよ~仕事してくださいよ~)」と頼んだり、役所に電話して「剥がせ(以下・同)」と言ったりし続けています。

 去年の夏から秋にかけては、2カ所の市役所に乗り込んで対応の強化を直談判したし、警察署にも行って掛け合ったりしました。
 でも、彼らは「通報があれば剥がしますから電話してください」と言うだけ。「道路パトロールは続けています」「巡回中に見つけたら撤去してます」とは言うものの、そんなことをしても焼け石に水だからなんの解決にもなりません。
 ある業者が(物件が売れて)貼らなくなったと思ったら、今度は別の業者が貼るの繰り返しで、町に汚らしい看板が増え続けるだけです。
 最近は、家の周囲で違法看板が多いとわかっている道は、鬱陶しいので避けて通るようになりました。でも、ちょっと自転車で遠出をすると、あちらこちらで看板だらけの道路に出くわすので、そのたびに剥がしたり、交番に行ったりしています。

 で、つい先日「大阪で道路標識にいたずらをした女を逮捕」という記事を見かけた気がしたので、あらためて検索すると、なぜか東スポに一番詳しく載っていました(笑)。

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道路標識改ざんのアーティスト 恋人逮捕で来日出頭の意思表示

2015年01月16日 08時10分

 大阪や京都の市街地で道路標識に人型などのステッカーを貼って交通の危険を生じさせたとして、大阪府警は14日、自称イタリア・フィレンツェ在住の会社員浦川真弥(まみ)容疑者(43)を道路交通法違反の容疑で逮捕した。(中略)
 浦川容疑者と一緒に防犯カメラに写っていた男は交際相手のフランス人芸術家クレ・アブラーム氏(48)とみられる。(後略)

http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/356531/

道路標識改竄で逮捕.jpg

検索したら出てきた、改竄された他の標識。

改竄された標識01.jpg

改竄された標識02.jpg

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 なるほどねえ。

 この道路標識の改竄は、確かに法に触れることだし迷惑な行為だと思いますが、これがさっさと摘発されるのに、不動産業者の捨て看板が野放しになっているのは、なぜなんでしょう。
 私は交番に行くときのため、違法看板を見かけると写真に撮ることがありますが、こんなものが町のあちこちに氾濫しているというのに。

不動産業者違法看板04.jpg
車道も歩道も狭いのに、ガードレールから左右にはみ出している看板。どうやって通れというのか

不動産業者違法看板03.jpg
カーブミラーの柱に何枚も案内板を貼り、パイロンまで置いている

不動産業者違法看板02.jpg
マット界のど真ん中を行く、お前は長州力か!

不動産業者違法看板01.jpg
今まで見た中で最悪の業者。大量の捨て看板が奥の方にも続いてます。この写真を見た警官はさすがに「これは酷い」とうめいてましたが、犯罪として検挙してくれないんだよなあ

 ここに載せたのは東京都内のあちこちで撮影した写真で、不動産業者の看板の中でも特に酷いケースですが、例えば電柱一本に1枚だけ貼ってあるようなものでも、それが何百mも続いていて、とても目の当てられない町並みになっている場所は至る所にあります。

 今回の道路標識へのいたずらが「交通の危険を生じさせる」ものであるなら、不動産業者の看板も同じでしょう。あの手の看板が車のドライバーに標識と錯誤させる意図を持っているのは明らかだし、路上のパイロンは邪魔でしょうがない。電柱やガードレールからはみ出た看板が自転車や歩行者にとって危険なことは、上の画像を見れば一目瞭然のはず。
 いちいち画像で指摘しなくても、何度も言うとおり「町のあちこち」にこのような看板が氾濫しているのに、それがまったく「見えない」日本人の視覚認識はどうなっているんでしょう。耳だけでなく目もおかしいんだろうね。

 私は、フランス人のいたずらがいいとは言いませし擁護もしませんが、それなりにスマートで批評性のある行為だとは思います。今回、改竄された標識と不動産業者の違法看板を比べれば、商売のためにベタベタと貼り付けている不動産業者の看板のほうが、その動機も行為も遙かに悪質だと思います。
 それをまったく取り締まらない日本の警察、行政や、せめて自分の家の周りの看板だけでも剥がそうとすらしない大多数の人たちの意識の低さは、いったいなんなんでしょうか。

 今回の事件がテレビのワイドショーで取り上げられたそうで、それを紹介したネットの記事には、

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 司会の羽鳥慎一「アートかもしれないが、アートすべき場所ではないですよ」
 キャスターの赤江珠緒「アートといえば何でも許されると思うなよ、と感じてしまいます」
 標識を勝手にパロディー化した絵柄に作り変えられてはドライバーは戸惑ってしまう。アートというなら、実際の標識ではなくキャンバスのなかで表現しくれと言いたい。

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 などと書いてあります。それなら不動産業者の看板には「広告かもしれないが、広告を貼るべき場所ではないですよ」と思わないのか? 「商売といえば何でも許されると思うなよ」とは感じないのか? 「広告というなら、新聞の折り込みにでも入れてくれと言いたい」とはならないのか?

 まあ、そもそも、おびただしい数の「標語看板」や「管理看板」、のぼりや垂れ幕を「注意してくれてうれち~!」と喜んでいる幼稚な日本人の目には、商売100%の不動産看板すら「ありがた~い御札」か何かに映っているのかもしれません。
 でも、そろそろこうした看板がいかに美観を損ね、町の環境を貧しいものにしているか、考えてみてはどうでしょう。

 スピーカー騒音と同様「道徳を押しつけ」「無神経に人を幼児扱いし」、そして「こうであらねばならない」という「空気」を無意識のうちに作り上げようとする看板の問題ですが、こんなブログはどうでもいいけど少し真面目に考えてみようかと思った方は、中島義道氏の『醜い日本の私』や、芦原義信氏の『街並みの美学』『続・街並みの美学』を一読することをおすすめします。

【追記】

 以前のエントリーでも触れた、東京都の「捨て看板等の共同除却キャンペーン」ですが、調べてみると毎年9月から10月にかけて実施して、11月にその結果を公表しているようです。

「第18回捨て看板等の共同除却キャンペーン」の実施結果について
「第17回捨て看板等の共同除却キャンペーン」の実施結果について
「第16回捨て看板等の共同除却キャンペーン」の実施結果について
「第15回捨て看板等の共同除却キャンペーン」の実施結果について
「第14回捨て看板等の共同除却キャンペーン」の実施結果について

 このほか、「東京マラソン」の前には、必ず沿道の貼り紙除去を実施しているようですが、もう、どちらもただのルーティンワークですね。いったいなんの意味があるんでしょう。毎回、発表の末尾にコピペされている「今後とも、都民や関係団体等と連携して、違反広告物の取締りを進めていきます」という文句ほど、「空念仏」と呼ぶにふさわしい言葉はありません。
 あんたたちが、一度でも違法広告物を「取り締まった」ことがあるのか?

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カテゴリ:景観
みずほ銀行の店舗はやっぱりカオス
 ここ数年の間に腹が立ったスピーカー騒音のうち、モニターからの宣伝放送について。小ネタですが。

 ●私がよく利用するみずほ銀行の無人店舗は、天井のスピーカーから音楽を流し、さらに壁にもスピーカーを取り付けて、「振り込め詐欺に注意しましょう!」とエンドレスで放送していました。
 ところが2年近く前、急に振り込め詐欺注意放送がなくなり、やがて壁のスピーカーそのものが取り外されました。もう一つ耳障りなATMの操作音はピッピピッピとうるさいけど、フロアに流れるのが音楽だけになったのは嬉しいわい。そんなふうに一時は喜んでいたのですが――やっぱり甘かった。
 数カ月後、「店の入り口のすぐ内側」に液晶モニターが置かれ、「道路を歩く人に向けて」商品のCMを放送しながら「音声も」流し始めたからです。

 店内にモニターを置いて外向きに映像を流すのは、いまどきしょうがないかとあきらめます。バカでかいサイズの映像と大音響で町の環境を乱す屋外の街頭ビジョンと違って、32型くらいの液晶モニターから流れる映像(のみ)を外から見えるようにするだけなら、あれこれ言いません。
 でも、なんでわざわざ音声まで流すかね。モニターは「店の中」にあるんだから、音を出しても外には聞こえません。逆に店の中はスピーカーの音楽とモニターの音声(とATMの操作音)が入り混じって、振り込め詐欺注意放送が流れていたときと変わらないカオスな状態に戻ってしまいました。
 おそらく、「店の中にいる客には映像を見せられない(モニターは店の出入口にぴったりくっつけて設置しているから)けど、少しでも宣伝効果を上げてーし音声だけでも聞かせてやるぜ!」という腹づもりなんだろうけど、それならせめてスピーカーの音楽は切って欲しい。音声か音楽かどちらか一つにして欲しい。

 みずほ銀行がこの宣伝を始めてから、私は街でみずほの店舗を見かけると、ときおりチェックするようになったのですが、かなりの店で同じようにモニターを置いて音声も流しているようです。心の底からうんざりしますが「映像はともかく音は消してくれ。客が落ち着いてATMを操作できる店にしてくれよ」と頼んだところでどうせ無駄だろうし、今のところ何も言ってません。

●一昨年だったと思いますが、腕時計の修理をしてもらうため、東京・有楽町にあるセイコーのお客様相談室に行きました。
 ちょっとしたホテルのロビーのようなこの場所の雰囲気を台無しにしていたのも、やっぱりモニターからの宣伝放送。ソファのすぐ横に20型くらいのモニターがあり、ダルビッシュが出ている時計のCMが流れていました。

 客はこのソファで待っている間、テレビで放送しているのとは違うロングバージョンのCMを、耳元で何度も何度もエンドレスで聞かされます。私はなんだかんだで20分くらいいたので、十数回は同じCMを頭の中に刷り込まされました。

 映像なら目を向けなければ見えないけれど、音は嫌でも耳に入ります。せっかく、それなりの高級感(というと大げさだけど)があるセイコーのお客様相談室ですら、なんの疑問もなく同じCMを、繰り返し繰り返し流し続ける無神経さには、ほとほと呆れてしまいました。映像はともかく音は切っておくとか、モニターはソファから離れたところに設置して音量も最小限に絞るとか、せめてそれくらいの配慮はできないのか。

 まあ、銀行のATMを利用するのはせいぜい5分くらいだし、セイコーのお客様相談室に行くことなんてこれから先、あるかどうかわからないので、それ自体はどうでもいいやと思うしかありません。どちらもモニターやスピーカーを路上に出して、公共空間で音を垂れ流しているわけじゃなし、店の中がうるさいで済んでいるだけましだと考えるしかないのかもしれません。

 でも、こうした押しつけがましさや鈍感さは、スーパーやドラッグストア、家電量販店などのキチガイじみた宣伝放送と同質のものです。どこへ行っても「あれ買えー! これ買えー!」と無理やり聞かせ、聞かせられても平気な顔をしている大多数の人たちの神経は、いったいどうなっているのか相変わらず不思議です。

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カテゴリ:店・施設・商店街
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■プロフィール

Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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