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警備そっちのけで呼び込みをする警備員
 前回、JR原宿駅での出来事を書いていて思い出したのですが、同じ日に原宿で、首を傾げたくなる場面に出くわしました。大した話じゃありませんが。

 明治通りを歩いていると、前の方で人の叫び声が聞こえました。どうやら何かの店の呼び込みらしい。そんなものは繁華街や駅前に行けば珍しくもないので「ああ、鬱陶しい」と思いながら通り過ぎようとしたのですが、ふと声のするほうを目にして驚きました。ビルの前に制服を着た警備員が立っていて、その警備員が呼び込みをしていたからです。

 夏真っ盛りの暑い日だったので、呼び込みの文句は「ただいま店内エアコンが効いております! どうぞお立ち寄りください、涼んでいってください!」というようなものでした。そんな呼び込みをしている先にあるのは、飲食店などではなく雑貨屋のような店。雑貨屋が「涼んでいってください!」と呼び込みをするのもよくわかりませんが、もちろん、最も腑に落ちないのは「警備員が呼び込みをしている」ことです。

 その店はビルの1階にありました。雑貨屋が単独で警備員を雇うとも思えないので、ビル全体の警備員なのか? でも、制服を着た警備員が店先をうろうろしながら「お立ち寄りください、涼んでいってください!」と叫ぶ(叫ばせる)というのは、いったいなんなんだろう。

 店員が呼び込みをするなら、まだ理解できるのだけど(迷惑だが、敷地内でやっているぶんには「やめろ」と言う根拠がないし)、警備員が「警備」そっちのけで客引きをして(させて)いたら、それはもう警備じゃないだろう。
 別にそのビルの警備が薄くなって何がどうなろうが知ったことじゃありませんが、暑そうな制服を着た「警備員」が怒鳴るように叫び、よけいに暑苦しさを撒き散らす異様な光景には閉口してしまいました。

 そういえば、これは新聞で読んだ「小ネタ」で内容はうろ覚えなのですが、JR中央線の東小金井駅では、駅舎の改装をきっかけにショッピングモール部分の管理もJR東日本本体がすることになった。そしてテストケースとして、バーゲンだのキャンペーンだののお知らせを「駅構内」でも流すようになったらしいです。
 そのことを書いた記事は、利用者が「駅の中でもお知らせが聞けて便利ですね!」だの、駅員が「この取り組みを続けて売り上げ増につなげたい!」だのと話しているのを、(案の定)何も考えず好意的に紹介していました。

 警備員が呼び込みをする店や、改札の中でまでショッピングモールのお知らせを流す駅、そして、そういう「ヘンな」絶叫やアナウンスを聞かされてもおかしいと思わない無数の人たち。不思議だなあ。
 この記事を読んで、東小金井駅は「絶対行きたくない駅」の一つになりました。

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カテゴリ:池袋・新宿・原宿・渋谷
「思い」を押しつけるJRの旅行案内放送
 人との待ち合わせを鉄道の駅、特に「JR●●駅の改札口で」と指定されると嫌になってしまいます。山手線やその内側の駅が目立ってひどいのですが、ここ数年、エンドレスで流され続ける東北旅行の案内放送はしつこすぎる。
 私はたびたび、この放送に苦情を言っているし、この夏も仕事で原宿駅に降りたとき、改札口だけでなくホームへ続く通路全体にこの放送が流されていることに腹が立ち、駅員にやめてくれと言いました。

 「(改札の脇に旅行パンフレットが並べてあるのを指しながら)ああいうふうに、通路にパンフレットを置いて旅行の販促をするのはわかりますよ。パンフレットなら見たい人は手に取って見る、興味のない人は無視すればいいだけですから、別に誰の迷惑にもなりません。企業の販促行為としてまっとうだと思います。でも改札を通る人全員に、スピーカーから強制的に旅行案内を聞かせるのは音の暴力でしょう。ちょうどいいからパンフレットに例えましょうか。あのようにパンフレットを壁際に置いて『興味のある方はご覧ください』とさりげなくアピールするなら邪魔にならないけど、通路の真ん中に棚を置いてパンフレットを並べたら歩行者の迷惑になりますよね。そんなことはわかりきっているから、あなた方もパンフレットを壁に沿って並べてるんでしょう。それなのになぜ、スピーカーから無差別に強制的に、誰に対しても無理やり旅行案内を聞かせる行為をおかしいと思わないんでしょうか」

 駅員は「この放送は本社からの指示で流していまして……」という言い訳と同時に、こんなことを言いました。
 「みなさまに、ぜひ旅行に行っていただきたいという思いで放送しております」

 この「思い」という言葉、日本人は本当に大好きです。まるで「思い」があれば、それを実現する方法や周囲に与える影響はどうでもいいと言わんばかりに大好きです。「思いがあれば、なんでもできる(していいのだ)、1、2、3、ダー!」ってところなんでしょうかね。それを言って許されるのは猪木だけですよ。

 「それなら、この放送を迷惑だと感じる人の『思い』は、どうなるんでしょう。JRの『思い』やあなたの『思い』を押しつけるためなら、それを苦痛に感じる人の『思い』は無視してもいいということなんでしょうか」
 そう質問しても、駅員はただ「はい、はい」と繰り返すだけ。もちろん「わかりました」「そのとおりですね」という意味の「はい」ではなく、ただの条件反射です。まともな返事が返ってくることはありません。

 「鉄道の駅というのは、ただでさえアナウンスが多いところです。列車の運行に必要なアナウンスだけでも多くなるのは理解できますよ。だからこそ『必要なアナウンス』に乗客の耳を傾けさせるためにも、よけいなアナウンスはできる限り減らすべきじゃないでしょうかね。旅行案内なんて、その駅を利用することと関係がないアナウンスの典型的な例でしょう。こんな放送をエンドレスで流し続けるなんて、JRは乗客の安全や、駅を快適に利用してもらうことを軽視しているとしか思えませんが」

 そんなことをいろいろ言いましたが、駅員は最後まで曖昧にうなずくだけ。私もその場で「この放送をやめます」なんて返事が返ってくるとは期待していないので、「よ~く考えてみてください」と言って駅を出ました。

 この東北旅行の案内放送は本会の会員にも不快だと言う人が多く、駅やJR東日本の「ご意見承りセンター」に何度も何度も苦情を言っています。私も今回の原宿駅に限らず、他のJRの駅で何度も「やめてくれ」と言っています。

 まあ、「思いがあれば(思いがあると口先だけでも言っておけば)、なんでも許される!」と考えている連中がその考えを変えるとは期待していないので、いちいち結果を確認するためにその駅を再訪したりしません。だから苦情を言った駅がその後どうなっているかわかりませんし、この放送がなくなるという期待なんか最初からしていません。
 原宿駅も、この日の帰りはJRを利用したくないし、(JR以上にアナウンスがうるさい)東京メトロも使いたくなかったので新宿まで歩きました。次に原宿に行く用事ができるのが半年後か、1年後か、5年後かわかりませんが、どうせそのときも「思い」のために、電車に乗ることと無関係な販促放送は流され続けているんでしょう。

 山本七平の『「空気」の研究』を引き合いに出すまでもなく、日本人はなんでも「空気」で支配し、「空気」で支配されたがります。その結果が「どうせ勝てるわけもない」戦争を引き起こしたのだし、日本社会の根底にある大きな問題だという指摘はさんざんされているわけですが、最近はその「空気」を作り出すために、メディアでも日常会話でも、人々が「思い」という言葉を乱発する傾向にある気がします。
 「この思い、届けえ!」みたいなことを叫びたがる一方で、その「思い」はどんな必要性があって生じてきたのか、実現したほうがいいことならどのような合理的な算段が必要か、結果として周囲にどういう影響を与えるかなどは一切考えようとしない。ただ「だって、そう思ってるんだもん! だからやるんだもん!」と叫び、「空気」を支配したがる人たちばかりあふれています。

 そのことに唖然としたのが、しばらく前に図書館で遭遇した出来事なのですが、長くなるのでまた時間があるときに書くかもしれません。

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カテゴリ:池袋・新宿・原宿・渋谷
実は走っていた音楽拷問付きごみ収集車
 うんざりする事実に気づいてしまいました。
 私の住んでいる市では、ごみ収集車が音楽を鳴らしていないのはありがたい、と以前のエントリーに書いたことがあります。でも、それは勘違いで実は鳴らしていたのです。

 普段から自転車で市内を走っていると、童謡のようなメロディーが聞こえてくることがありました。私はこれを「移動販売業者の音楽か」と思って、そのたびに「うちの近くには来るな、来るな、またぐなよ~!」(c長州力)と気にしていました。
 ところが、しばらく前に自宅からかなり離れた場所で、ごみ収集車が大音量の音楽を鳴らしながら走っているところに遭遇。その後も数回目撃しました。
 どうやら、私の自宅がある地域では音楽を鳴らしていないのに、他の地域では鳴らしているようなのです。

 ごみ収集車が、うちの近くで音楽を鳴らしていない理由はわかりません。
 別に私が「音楽を鳴らすのをやめろ」と言ったわけではありません。今の家に住んで10年ほどになりますが、ごみ収集車が音楽を鳴らしていることに気づかなかったのに、「やめろ」と言う理由がないからです。
 以前は鳴らしていたものの、私以外の住人が「うるさいからやめてくれ」と言ってなくなったのか……そう考えるしかなさそうですが、本当のところはわかりません。
 もし、市役所に「うちの地域だけごみ収集車が音楽を鳴らしていないのは、なぜですか」なんて聞いたら、「(張り切って)じゃあ鳴らしましょう!」なんて言い出しかねないので、質問する気もありません。やぶへびになったらたまらんわ。

 これも以前のエントリーに書いたことですが、ごみ収集車はエンジンの音が大きいし、職員の「オーライ、オーライ!」という大声も、ごみを収集するときの作業音もよく響きます。
 音が聞こえたら「ごみ収集車が来た」とすぐにわかるし、そもそもごみ収集車が来る時間は種類や曜日でほぼ決まっています。その時間までにごみを出しておけばなんの問題もなく収集してくれるのだから、わざわざ「音楽を鳴らしてくれないと、ごみ収集車が来たことがわからないでしょ!」と要求する住人も、「ごみ収集車が来たことがわからない人のために、音楽を鳴らしてお知らせしてあげよう!」などと考える自治体の職員も、私には理解できない異星人のようです。
 まあ、そういう人間が駅で「足元にご注意ください」なんてわかりきったアナウンスを聞かされて、「やさしい!」「うれしい!」「もっと注意して!」と喜ぶ典型的な人たちなんでしょう。世の中、そういう人間ばかりで本当にうんざりします。

 私が住んでいる市のごみ収集車の音楽は、音量が非常に大きいのも特徴で、周囲100m以上に響きます。これまで、別の自治体の音楽を鳴らしているごみ収集車とすれ違ったことは何度もあるのですが、それらはたいてい、角を曲がったら急に聞こえてきた、という程度の音量です。それでも目の前で鳴らされたらうるさいのに、大音量の音楽を、しかも曜日によっては何度も何度も聞かされたら、とても我慢できないでしょう。

 今のところ、うちから一番近い場所で、ごみ収集車が音楽を鳴らしているのに出くわしたのは500mほど離れた隣町です。これ以上「強制的音楽拷問付きごみ収集車」がうちの近くまで来ないよう祈るしかありません。
 「ごみ収集とご一緒に、音楽はいかがでしょーかあー」
 「い・り・ま・せ・ん・!」

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カテゴリ:防災無線・広報車・夜回り
「あなたもまた凡庸である」と決めつけるBGM
 哲学者で元大阪大学総長、現大谷大学教授・鷲田清一氏のエッセイ集『「自由」のすきま』(2014年)を読んだら、「音」を題材にした一編があり考えさせられました。

――――――

ホテルの朝食

 海外のホテルに投宿するときの愉しみの一つは、食堂でとる朝食だ。朝日の降り注ぐ天井の高い空間。聞こえてくるのは、カチカチという皿とナイフがぶつかる音、ガチャッとスプーンやフォークを束ねる音だけ。「おはようございます」という挨拶以外、声もほとんどしない。代わりに聞こえてくるのは、厨房で大釜の湯が煮立つ音、じゅーっと肉汁が弾ける音、フライパンが台座に当たる音……。

 ふだん日本のホテルでなら食事が半分、新聞を読むのが半分といった気もそぞろの朝食になってしまい、そのような厨房の音に耳をあずけることもない。いやそもそも厨房は壁で隔てられ、中の様子をうかがうこともできない。代わりに耳にまとわりついてくるのはBGM。定型的なクラシックの弦楽四重奏かピアノソロの有名な楽曲、和食堂だと決まって箏曲。うんざりするほど定型的なメロディに空間は染められ、空間とともに「あなたもまた凡庸である」と決めつけられたような気分になってしまう。冴えないじぶんの確認。これが一日の始まりというのはちょっとつらい。それで日本のホテルでは、それがあればの話だが、通常、ルームサービスをお願いしている。

 海外のホテルでは新聞など置いていない。音楽もない。だから眼を泳がし、耳を待たせておくしかない。で、眼に入ってくるのがスタッフの仕事ぶり、顔つき、佇まい。耳に入ってくるのはテーブルを整える控えめな音、厨房の蒸気のほの温かい音。

 耳をくすぐる音、ナイフやフォークのふれあう音、煮立つ湯の音は、食べるという一点に収斂している。それ以上でもそれ以下でもない。余計な意味を削ぎ落とした、あまりにシンプルな、一日の開始の合図である。みなおなじささやかな食事をとって、そしてこれからそれぞれに異なる仕事にとりかかるのだ。(後略)

――――――

 日本のホテルの食堂で<耳にまとわりついてくる>BGMの<うんざりするほど定型的なメロディ>に、<「あなたもまた凡庸である」と決めつけられたような気分になってしま>い、<冴えないじぶんの確認>をさせられているようで<つらい>。
 私にはこの気持ちがよくわかるし、特に<「あなたもまた凡庸である」と決めつけられたような気分になってしまう>というのは、BGMに限らず押しつけがましい音楽やアナウンスを聞かされると不愉快になる心理の表現として見事だなあと思います。
 私なんかただのアホだから、同じ心理状態を表現するにしても「人をバカにすんなってことだ!」みたいな下衆な書き方しかできません。まるで三流のプロレスラーだ。

 でもねえ。

 鷲田氏のような日本を代表する知識人のエッセイに「ものもーす!」というのもおこがましいのですが、この内容には違和感を覚える点もあります。「BGMを聞かされると凡庸であると決めつけられてつらい」というのはわかるのだけれど、それってわざわざ海外のホテルと日本のホテルを比較したり、そもそもホテルを題材にしなければ書けないことなのかな、と。

 話がややこしくなるのを避けるため、ここでは「アナウンス」を省いて「BGM(音楽)」だけに絞りますが、日本に暮らしていれば、ホテルという特殊な空間でなくても、そこらじゅうに<うんざりするほど定型的なメロディ>が溢れかえっているじゃないですか。

 駅に行くと「てつわーんーあとーおむうー」だの、なんだかよくわからない「ジャンジャカジャカジャカズンジャンジャン、ジャーーーーーーン!」だの、耳をつんざく<凡庸>な駅メロばかり聞かされます。
 スーパーや商店街に行けば、マーチ風に編曲したサザエさんの曲や、やっぱりなんだかよくわからない「シャバダバダー」みたいな意味不明なポップスを、買い物している間中ずっと聞かされます。アップテンポな曲でもスローな曲でも<凡庸>をそのまま音にしたような音楽です。

 家電量販店はもっとひどい。「やまーだまーだまだやすいんだああああああ!」「まあるいみどりのやまのてせん!」「びーくびっくびっくびっくかーめらっ!」。こんな<凡庸>な曲をエンドレスで気が狂うほど聞かされます。
 ドラッグストアなら「まつもときよし~~~!」だの「ここからふぁいん~!」だの、コンビニに行けば「今週のヒットチャート第1位はAKB四十八手の新曲『恋の騎乗位』(こんなこと書くと刺されるのかね)」とか言いながら、キンキン声の<凡庸>が店の中を飛び交います。

 わざわざ外出しなくても、家にいるだけで防災無線から「夕焼け小焼け」だの「エーデルワイス」だのを聞かされ(雨の日でも「夕焼け小焼け」!)、ごみ収集車からも「赤とんぼ」なんかを聞けと無理強いされる(春でも夏でも「赤とんぼ」!)。冬になれば灯油の移動販売業者が「ゆーきやこんこん!」などとキチガイじみた大音量で流しながら走り回りますが、その音楽のせいで本物の「雪がしんしん降り積もる音」がかき消されても日本人はなんとも思わない!

 別に「ホテル」でなくても、日常生活で常に<凡庸>さを押しつけられるこの国の異様な音環境に鷲田氏は気づかないのか、気がついていても「ホテルの食堂」ほどは気にならないのか。普段、電車に乗らずスーパーに行かず、コンビニにも立ち寄ったことがないのか。防災無線や移動販売業者などの音楽にも<うんざり>することはないのでしょうか。

 別に嫌味で書くわけではないのですが、以前のエントリーで紹介したように作家の椎名誠氏が指摘し、本会の会員でもある哲学者の中島義道氏も著書で指摘しているとおり、この国では相当高級な頭脳と感受性を持つ(はずの)文化人や知識人などと言われる人たちですら、劣悪極まりない音環境の酷さになぜか気づきません。鷲田氏の言葉を借りれば<凡庸>であると決めつけられることに<うんざり>もせず<つらい>とも思わないようです。

 その中で「音」をテーマにしたエッセイを読んだのは(そんな内容があるとは知らなかったので)嬉しかったのですが、一方で「そうじゃないんだよなあ」と言いたくなる気持ちも湧き上がってしまいました。

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カテゴリ:騒音をめぐるあれこれ
廃品回収車への110番回数(2014年8月)
 2014年8月の廃品回収車(不用品回収車)に対する110番通報は、0回でした。

 8月は、相変わらず7、8台くらいの業者がやって来ました。しかし、どの業者もうちから少し離れたところをうろうろするだけで、目の前の道路など見える範囲には現れませんでした。至近距離から20分、30分と騒音を垂れ流されたら通報しますが、大抵は5分、10分ぐらいでいなくなるので放っておく。最近はそんなことが多いです。

 ただ、嫌な予感があります。
 以前、しょっちゅうやって来て何度も通報したある業者が、8月末頃から、またうちの周囲に毎日のように現れるようになったからです。先日は朝8時過ぎにスピーカー音を鳴らしてうろうろ。やはり目視できない距離だったし、すぐにいなくなったので通報しませんでしたが、これがエスカレートするなら110番することになるかもしれません。
 面倒だなあ。

●2010年6月以降の110番回数

2010年6月  2回
2010年7月  5回
2010年8月  8回
2010年9月  7回
2010年10月  8回
2010年11月 14回
2010年12月  6回
2011年1月  4回
2011年2月  2回
2011年3月  1回
2011年4月  0回
2011年5月  1回
2011年6月  5回
2011年7月  5回
2011年8月  1回
2011年9月  5回
2011年10月  1回
2011年11月  7回
2011年12月  4回
2012年1月  3回
2012年2月  1回
2012年3月  1回
2012年4月  3回
2012年5月  2回
2012年6月  1回
2012年7月  2回
2012年8月  1回
2012年9月  2回
2012年10月  5回
2012年11月  3回
2012年12月  5回
2013年1月  1回
2013年2月  2回
2013年3月  4回
2013年4月  4回
2013年5月  0回
2013年6月  1回
2013年7月  2回
2013年8月  4回
2013年9月  0回
2013年10月  3回
2013年11月  1回
2013年12月  1回
2014年1月  1回
2014年2月  3回
2014年3月  1回
2014年4月  0回
2014年5月  1回
2014年6月  0回
2014年7月  1回
2014年8月  0回

――――――

東京都中野区の拡声器業者注意文書
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東京都葛飾区の拡声器業者注意文書
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カテゴリ:廃品回収・移動販売
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■プロフィール

Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

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