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路上に響く「吉祥寺東亜会館」の爆音
 東京・吉祥寺の「吉祥寺東亜会館」に設置された街頭スクリーンは、その後も映像と音を押しつけがましく周囲に撒き散らしています。
 もっとも今のところ、画面のサイズが比較的小さめで、音量も道路の反対側にいると気がつかない程度の控えめなものにはなっています。
 聞こえにくいのはボリュームが小さいからだけでなく、そもそもあの場所は車や電車の暗騒音レベルが高くて音が埋もれてしまうからなのですが、「これじゃ通行人に聞こえないから、もっとボリュームを上げてやれ!」なんて、スクリーンを設置したパチンコ屋兼映画館の連中が考えなければいいのですが。

 いとも簡単にそんなふうに考え、公共の場に大音量の宣伝放送を撒き散らして平気でいるのが日本人(そして、その音を規制する条例があるのに適用しようともしないのが日本の役人)なのですが、このパチンコ屋兼映画館は街頭スクリーンのほかにも、腹の立つことをしでかしました。
 ビルの1階のJR中央線高架側がパチンコ屋の出入口になっているのですが、そこに(目視では確認できなかったのですが間違いなく)わざわざスピーカーを取り付けて、路上に向け大音量で音楽を流すようになったのです。

 私は吉祥寺に住んでいるわけでなく、用事で月に一度ぐらい行くだけです。必ずそのパチンコ屋の横を通るわけでもないのですが、あの出入口で以前からバカでかい音楽を鳴らしていた記憶はありません。
 それが1カ月ほど前に通ったところ、キーキーギャーギャーやかましいJ-POP(パチンコと関係あるのかどうか、そんなことは知りませんが)を、周囲に轟く大音量で流すようになっていて驚きました。

 あの音楽、パチンコ屋の並びにある専門学校の中にも響いているんじゃないのかな。職員や生徒は気にならないのだろうか。
 その学校の前は駅ビルの搬入口か何かになっていて、警備員がいつも立っているのですが、あの人たちは一日中轟音の音楽にさらされるようになって平気なんだろうか。
 パチンコ屋の正面にはJRの駅ビル「アトレ吉祥寺」の出入口もあります。さすがに扉が閉まっていれば中に聞こえることはないのでしょうが、客が出入りするために扉が開いたときは、店内にもあの強烈な音が侵入してくるでしょう。出入口の近くの店の店員は気にならないのでしょうか。
 まあ、アトレ吉祥寺自体、やかましいBGMや大声を張り上げる店員ばかりでうるさいのだから、外から轟音J-POPが聞こえてきたって、どうということもないのでしょう。

 パチンコ屋は店内から漏れてくる音楽、アナウンスや、玉のジャージャージャーという音がうるさいものですが、以前と比べればその騒音に腹が立つことは少なくなりました。
 それはパチンコ屋が駅前より郊外のロードサイドに店を出すようになって、前を通る機会が減ったとか、駅前でもショッピングセンターの中などに出店するようになって音が外に出にくくなったとか、(どのくらい、そんな前向きな対応をした店があるか知りませんが)二重扉などで周囲に音が漏れないよう対策をする店が増えてきたとか、そんなところが理由なのかな、と思っていました。
 もちろん、そんなことはおかまいなしに周囲に騒音を垂れ流したり、路上で絶叫客引きをしたりする店も相変わらず多くて腹が立ちますが、さすがにこの「吉祥寺東亜会館」のように(私の記憶が間違いでなければ)、今頃になってわざわざ屋外にスピーカーを取り付けて、大音量の音楽を流す店というのは珍しいような気がします。

 まあ、私はその轟音が響く道路を必ず通らなきゃならないというわけでもないので、今後は避けるようにするしかありません。
 で、街頭スクリーンといい屋外スピーカーといい、こんなことばかりするパチンコ屋兼映画館に、二度と行くことはないでしょう。今まで何度かこのビルの映画館「吉祥寺オデヲン」に映画を見に行ったことがあるのですが、もう行く気になりません。

 吉祥寺は「バウスシアター」が閉館してしまったし、吉祥寺オデヲンに二度と行かないとすると、残る映画館は「吉祥寺プラザ」だけということになります。
 吉祥寺プラザは昔ながらの単館系映画館です。シネコンのように、ロビーのモニターからやかましい予告編をエンドレスで放送したり、売店の店員が「ご一緒にポップコーンはいかがでしょーかあー!」なんて押しつけがましく叫んだりする映画館と比べれば、私はずっと好きなのですが、ここのネックは映画館のくせに、屋上にあるバッティングセンターの音が館内に聞こえてくること。
 映画を見ている間、ずっと「ゴロゴロゴロ~」というボールを回収する機械の音が響くのが気になって仕方ありません。
 あれをなんとかしてくれれば、もっと映画を見に行こうという気にもなるのですが、今どき単館映画館の経営なんて苦しいだろうし、改築する可能性はなさそうだなあ。

――――――

 追記

 また吉祥寺に行ったので、この東亜会館の様子を観察してきました。
 屋外スクリーンは相変わらずの状態。特に変化はないようです。
 中央線高架側入り口の爆音ですが、わざわざ配線工事をしたりして屋外スピーカーを設置したのではなく、自動ドアの前にラジカセを置いてフルボリュームで音楽を鳴らしているとわかりました。
 小さなラジカセ一つで、周囲に轟く大音量の音楽をいとも簡単に鳴らし、環境を一変させてしまう。スピーカー騒音の典型的な事例です。

 このラジカセからの音は、東京都の環境確保条例の条項のうち、いくつかに確実に違反しています。
 私は「この道路を通らない」と決めたし、地元住民でもないので面倒なことに首を突っ込む気はありませんが、通勤通学などで毎日ここを通っている人、この音を迷惑だとかおかしいと思う地元の人がいたら、条例の内容を確認のうえ武蔵野市に指導を依頼してはいかがでしょうか。
 そういう気持ちを持つ人がいるのなら……の話ですが。

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カテゴリ:武蔵野市
住宅地でBBQはダメよ~ダメダメ!
 うちの前の道路を溜まり場にするクソガキども、つまり「道路族」のガキは、以前のエントリーで書きましたが道路で遊ぶのに飽きたらしく、数カ月前からパッタリと現れなくなりました。
 家のすぐ横にある児童公園には、夕方になると「キーキー! ウガーウガー!」と奇声を上げる小学生や中学生が入れ代わり立ち代わりやって来ますが、学校が夏休みの間はあまり現れません。ここまで暑いと外で遊ぶ気にならないのかもしれないし、学校が終わったらそのまま公園に直行! ともいかないのでやって来ないのでしょう。

 そんなわけで、去年もそうでしたがうちの場合、1年で学校の夏休み期間中が一番静かに過ごせます。
 夏特有の音、たとえば夏祭りとかその踊りの練習(7月に入ると週に2、3回は夜、近くの公民館からドンドンドンと音楽が響いてくる)というのはありますが、そのほかの「音」は総じて減ります。
 特に、学校が休みになるというのが大きい。

 うちから200m以上離れたところにある小学校からは、普段「みなさんおはようございます! 今日はなんちゃらかんちゃら~!」と、朝礼という名の演説でマイクを使い、大音量で叫ぶ教師の声が響いてきます。チャイムや校内放送の音も1日十数回聞かされます。
 これも以前のエントリーに書いたかもしれませんが、私は数年前、チャイムの音量があまりにも大きすぎるとその学校に電話をしたことがあります。電話に出た教頭は「私も、学校からかなり離れた場所を歩いていてもチャイムが聞こえるので、驚くことがあります」と答えました。「そう思うならなおさら、よく検討してください」と言って電話を切ったのですが、その後も変わる様子はありません。

 朝礼のマイクも「目の前に並んでいる子供が聞き取れればいいのだから、何百mも離れたところまで響くほど大音量で話す必要はないでしょう」と言い、「検討します」という返事をもらったのですが、その後もまったく変わりません。
 そもそも、まるで刑務所のように生徒を並ばせて朝礼をしたり、チャイムという音で行動を管理したりするのではなく、子供の自主性を伸ばすためにも「ノーチャイム」「ノー演説」に取り組んでみたらどうか……というところまで話してみようかと思っていたのですが、私はその学校のPTAでもないし、どうせ言っても無駄だろうとあきらめています。

 同じく200m以上離れたところにある中学校からも、毎日毎日チャイムの音が響いてくるし、校庭での朝礼はしていないようですが、その代わり夕方になると運動部員の咆哮やブラスバンドの音楽などが聞こえてきます。
 部活の音はともかく、チャイムの音量についてはやはり数年前に電話したことがあるのですが、「検討します」と言われたきり何も変わりません。

 どうせ夏休みが終われば、こうした「学校騒音」や、公園にやって来るガキの奇声・絶叫まみれの毎日に戻ってしまうのはわかっています。私は暑いのが苦手で夏が大嫌いなのですが、「音」についてだけなら永遠に夏が続いてくれないかと思ってしまいます。

 もう少し、最近の「子供」について続けます。

 うちの周囲には、3、4歳くらいの幼児や小学生の子供を、夜10時、11時といった遅い時間に風呂に入れる家庭が何軒もあります。
 風呂で子供がはしゃぐ声がうるさい、というつもりはありませんが、いくらなんでも時間が遅すぎる。子供なんてもっと早いうちに風呂に入れて、9時、10時には寝かせたほうがいいんじゃないか? と思うのですがどうなのでしょうか。
 もう深夜と言ってもいい時間に子供を風呂に入れる家庭は、明らかに年々増えています。

 夏の間は昼間、外に出ると暑いので、夜になってスーパーへ買い物に行くことが多いのですが、そこでも8時、9時という遅い時間に、幼児や小学生を連れ買い物に来ている客をよく見かけます。先日、9時過ぎに行ったスーパーでは、半分ぐらいが子供連れでさすがに驚きました。

 そんな時間まで子連れで買い物に来る親は、しつけもできていないので、ガキが奇声を発しながら走り回ったり、商品を床に落としたりしても平気でいる……なんて、一概に決めつけるつもりはありません。おとなしく買い物をしている家族も確かにいます。
 でも、やっぱり迷惑なことを平気でするガキや、それを注意しない親が多いのもまた事実。なんという商品なのか知りませんが、ローラーの付いた靴でスーパーの中を走り回ったり、おいかけっこやかくれんぼをしたり。
 この間、売り物の傘をバサバサ広げて遊んでいるガキがいましたが、親は一言も注意しません。「こっちに来なさい」と呼ばれたガキは傘を畳んだものの、そのまま床に放り出して駆けていきました。

 アイス売り場で「ジャイアントコーンのチョコナッツとクッキー&クリーム、どっちにしようか!」と真剣に悩んでいたら、横から小学校低学年のガキが突進してきて、私を押し退けるようにアイスを一つ、かっさらっていったこともあります。
 腹立つねえほんとに。ジャイアントコーンだけに、空手チョップか河津落としでKOしてやりたいわ!
 もちろん、その様子を近くで見ていた親から「すいません」の一言などありません。私はスーパーなどで「暴挙」を働くガキを見かけると、できるだけ「やめなさい」と注意することにしていますが、こういう瞬間的な出来事だとそれもできず、唖然としてしまうだけです。

 夜遅くに、子供連れでスーパーに来る親って、何が理由でそんなことをするんでしょうか。
 母親と父親のどちらかしかいなくて、子供だけで留守番させるわけにいかないから買い物に連れて行くんだ、というならわかりますし、そういう家庭も実際にあるのでしょうが、両親がそろっているなら母親か父親のどちらかが買い物に出て、どちらかは家で子供を寝かしつければいいじゃないか。そう思うのですが、やっぱり「うちはどこに行くにも一緒、仲がいい家族だもんねー」的なことをアピールしたいのか、ただ単に夜遅くまで出歩くことが習慣になっているのか。
 いかにも「ヤンキー」という若い親ばかりじゃありません。老人が幼稚園児ぐらいの孫を連れて深夜、買い物に来ているのを見たときは本当に驚きました。

 また、公園の話題に戻りますが、先日、うちの横にある児童公園で奇声を上げていたガキ(夏休みだからといって、まったく来ないわけでもない)が、おそらく弟に向かって「車戻ってるかどうか見てこいよー! 戻ってたらバーベキュー始まるからあ!」と怒鳴っていました。
 バ、バーベキュー……。
 推測すると、親が食材を買いに行っていて、戻り次第バーベキューが始まる。わざわざバーベキューが許可されている公園だの河川敷だのに行くとは思えない(そんな場所は近くにない)ので、どう考えても家の庭か路上でやるつもりなんでしょう。

 「うちの近くで、そんなことをされたらたまらん!」と思って窓を開け、様子をうかがっていると、「見てこい」と言われた弟は「おれがあ!?」などとブーブー言いながら、自転車で走り去っていきました。同じ町内なのは間違いないと思いますが、それほど近くの家ではないようです。
 でも、これから町内のどこかでもうもうと煙をあげ、どんちゃん騒ぎをしながらバーベキューが始まるんだなあ、と想像すると、それだけで気分が悪くなります。
 テキサスの広大な牧場主の家とか、コロンビアの麻薬王の大庭園付き豪邸でもあるまいし、狭苦しい日本の住宅地で煙と騒音を撒き散らしながらバーベキューなんかやって、何が楽しいのかねほんとに。

 住宅地でバーベキューはダメよ~ダメダメ!(最近のギャグはこれしか知らない)

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カテゴリ:子供・学校・保育園
遠くても行くぞ「ヤマザキショップ」
 「うるさい店」や「しつこい店」を避け、できるだけ「静かな店」を利用するようにしています。私に言わせれば「静かな店」というより、「普通に買い物をさせてくれる店」を探しているだけなのですが。

 チェーン店より個人商店のほうがまし、というのは全体的な傾向としてはありますが、たとえ個人商店でも「やかましい店」は増える一方です。
 パン一つ買うにしても、神戸屋やリトルマーメイドのようなチェーン店に行くと、けたたましいBGMと「いらっしゃいませどーぞごりよーくださーーーーい!」「ただいまおすすめのなんとかパンが焼き上がりましたどーぞおためしくださいませええええええええええ!」といった甲高いアニメ声を延々聞かされてうんざりしますが、個人商店でも似たような奇声を上げ続ける店がどんどん増えています。
 「~させていただきます!」「~でよろしかったでしょうか?」というような過剰にへりくだった表現を連発して、かえって人をいらつかせる店も、チェーン店か個人商店かを問わず増えるばかり。そういう店にはできる限り行きません。

 最近、「ヤマザキショップ」が、意外といいじゃんということに気づきました。
 ヤマザキショップは山崎製パン傘下のコンビニ……とばかり思っていたのですが、同時に展開している通常のコンビニ「デイリーヤマザキ」とは違って、個人商店に近い業態でオーナーの裁量がかなり広く、接客もあまりマニュアル化されていないようです。
 これまでは営業時間が短かったり、見るからに店の規模が小さかったりするので利用したことがなかったのですが、うちから2kmほど離れたところにあるヤマザキショップに行ってみると、「とりあえずパンや弁当をてきとーに」という程度なら、コンビニやスーパーよりずっと快適に買い物ができることがわかりました(私にとっては大発見ですほんとに)。

 店内では、レジの横に置いてあるラジオが鳴っていましたが、それほど大きな音量ではなかったし、まったく気になりません。ただ買い物に行っているだけなのに、必要以上の大音量でBGMを聞かせて、人の感情を無理やり揺さぶろうとばかりする最近の店と比べれば、ずっとまともです。
 何も音がないところで店番をしていたら店員だってつまらないだろうし、軽くラジオをつけるぐらい全然かまいません。

 店に入ったときには店員が「いらっしゃいませー」と言いますが、これもキーキー猿のような声を張り上げるわけじゃなし、まったくノー問題。まあ、客が入ってきても無言で「いらっしゃいませ」一つ言わなかったら、それはそれでおかしいわけですが、「いらっしゃいませこんにちはあああああああああ!」「いらっしゃいませこんにちはあああああああああ!」「いらっしゃいませこんにちはあああああああああ!」の連呼を嫌というほど浴びせかけられる最近の店にうんざりしている身にとっては、シンプルに「いらっしゃいませー」とだけ言ってくれる店は、それだけでありがたいです。

 こちらが買い物をしている最中は、余計な「声がけ」もせず放っておいてくれるし、レジで精算するときも、スーパーやコンビニのように、客に対して怯えきったような表情(あるいは完全にロボットのような無表情)で、無茶苦茶な敬語を使ったり、まるで土下座しているかのようなへりくだり表現を連発したりするわけでなく、「お箸、要ります?」なんて調子で「普通」に接客してくれます。「昔ながらの食品スーパーのおばちゃん」的な対応です。
 そうなると、こちらも自然に「どうも!」なんて言って店を出る気になるし、お互い気持ち良く買い物ができるわけです。コンビニのように店員が「●●円のお返しですありがとうございましたまたごりようくださいませええええええええ!(次の客に)いらっしゃいませこんにちわあああああああああ!」と、のべつ幕無しに叫び続ける店では「どうも」なんて言いようがないし、言いたいという気持ちにすらなりません。

 まあ、ヤマザキショップは一般のコンビニよりはるかに小さく品揃えも少ないのですが(もちろん、コピー機だのATMだのもない)、ちょいとパンや弁当を買いたいというだけなら十分使えます。うちから200m先にはローソンがありますが、あんな「うるさい店」なんか無視して、2km離れていても自転車漕いでヤマザキショップに行きますね。
 山パンのグループだからパンを値引きしていることも多くて、意外とお得だし。

 「山パンのパンがおいしいかーっ!?」と言われればそれはまた別の話なのですが、「そんなことより、イライラせずに買い物がしたい」という私のような人間にとっては、とても助かる店です(もちろん、店舗によって違いはあるのでしょうが)。

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カテゴリ:店・施設・商店街
「日盲連」から本会代表へのインタビュー
 町にあふれる過剰なスピーカー音を少しでも減らしてほしい。それが本会の活動主旨ということになりますが、そうしたスピーカー音の中には、視覚障害者のために鳴らす案内音・サイン音(視覚障害者は「音印」とか「耳印」と言うようです)というものがあります。

 言うまでもないことですが、視覚障害者にとって必要な案内音までなくせということはありません。ただ、音の大きさとか、どのような音色で流すのか、といった点にはもっと工夫の余地があるのではないか。
 そもそも、日本の町は駅だろうが商業施設だろうが、どこに行ってもおせっかいで、やかましいスピーカー音だらけ。その氾濫する音の中で視覚障害者のために案内音を流しても、音の洪水に埋もれてしまって、本当に役に立っているのかどうか端から見ているとどうもよくわからない。
 そうした疑問について聞いたり、意見交換をしたりするために、視覚障害者との対話は本会としても重要だと考えていました。

 本会が年に一度発行している機関誌『AMENITY』30号(2012年)に、視覚障害者団体「社会福祉法人 日本盲人会連合」(日盲連)情報部部長・大橋由昌氏へのインタビューが掲載されています。上記の疑問に答えてもらい、「音」について率直な意見交換をしています。

 そのインタビューの後、今度は逆に日盲連から本会の代表C.J.ディーガンさんへのインタビューがあり、その様子が日盲連の月刊音声雑誌『声のひろば』で公開されていました。
 ところが、いつの間にか『声のひろば』のバックナンバー公開が過去3カ月分のみになり、インタビューを掲載した号は聞くことができなくなってしまったようです。
 それではもったいないので、ここに音声ファイルをアップし、ついでにインタビューの内容を書き起こしておきました。

 『声のひろば』インタビュー(約11分).mp3

――――――

「その音は必要ですか?」
静かな街を考える会、C.J.ディーガンさんからのメッセージ

大橋 「静かな街を考える会」というのは、どういう会なんでしょうか。

ディーガン 名前からすると、ただ街を静かにするというだけのように思われるかもしれませんけれども、会が作られたときの名前は「拡声器騒音を考える会」で、数年前に今の名前に変えました。町の暗騒音とか電車の音とかではなく、人為的な音、放送とかメロディーとか、そういうものを意味しているんですが。文化騒音とも言いますけれども、無理やり聞かせられる音というものなんです。うちの会の目的は、そういった音を少しでも小さしてもらおうという主旨の運動です。

大橋 私ども視覚障害者としますと、なるべく耳印、音印がほしいわけですけれども、そういったこととの兼ね合いではいかがなんでしょうかね。

ディーガン たとえば次の駅がどこなのか、どちら側のドアが開くのかについては個人的に私もそうですし、ほかの会員の多くも必要ではないかと思っているんです。目が見えても、あまり乗らない路線でそれくらいの放送があれば助かるわけです。だからなんでもそういった放送をゼロにしようということではなくて、よけいな音をなるべく出してほしくないんです。

大橋 確かに、僕は渋谷の駅を利用しているんですけれども、こんなに大きな音はいらないよなというところはよくありますけれども、ああいうのが特に気になるわけですよね。

ディーガン そうですね。どうしても放送とかメロディーが耳に入ってしまえば、当然ですが脳まで到達しますので、思考の邪魔をされるわけです。

大橋 (本会からのインタビューで)すごく感じたのが、地下鉄の駅の中で階段のほうを教える「ピヨ、ピヨ」という小鳥の音は非常に不自然で、頭の中に響いてよくないという話を初めて聞きまして、そういう感覚の方もいるんだということで、むしろ無機質なピンポーンとかいう音のほうがよろしいということですよね。

ディーガン そのとおりです。

大橋 それは、会の方の共通した認識なんでしょうか。

ディーガン 共通した認識と言ってもいいですね。誰も鳥の声がいいとは思っていないですね。

大橋 そうですか。私たちもこれから音を出してほしい――たとえばハイブリッド車の疑似エンジン音にしてもそうですし、そういう音を出してほしいという一方で、必要最小限の音にしてほしいという、みなさん方の要求もあるんだということが、今日、わかりましたので、これからお互いにそういうところから、接点をどう見いだしていくかというところでしょうかね。

ディーガン そうですね。電気自動車とかハイブリッド車は非常に静からしいので、音が必要だということを私も認めますが、一番恐れているのは、メーカーごとに競合して「うちの車の音はこうだ」とメロディーを出したりすることなんです。本当のエンジン音、あるいはブザーみたいなものであれば問題ないです。もちろん音量の問題はありますけれども、音量そのものがいつも問題とは限らなくて、音が小さくても――たとえば隣にステレオヘッドホンをつけて音楽を聞いている人がいて、その音が漏れたときに、実際は小さな音なんだけれども、やっぱりすごくイライラすると思うんです。そういう意味で「意味のある音」、メロディー、放送、増幅された人の声、そういうものが一番我々にとって邪魔な存在で、もちろん必要な場合もありますけど、よけいなものが多過ぎると思ってます。

大橋 会は全国組織ということですけれども、ディーガンさんは代表になって何年くらい。

ディーガン 7、8年前です。会を作ったのは私じゃなく横浜に住んでいる人なんですが1984年で、その人は残念ながら「何をやっても音がなかなか減らない」と精神的に疲れちゃって辞めてしまったんです。

大橋 今日、僕もカルチャーショックの部分はあるんですけど、私たちはいろんなところで音印を要求してますので、そういう意味で拡声器に限らないですけど、あまり意味のない音を出してほしくないという団体の方がいらっしゃるということで、ひょっとしたらかなり意見対立があるのかなと思って半分身構えていたんですけれども、お互いの認識の一致点もあるんです。要するに電車の中のアナウンスにしても、「お忘れ物にご注意を」とか「足元にご注意を」とかは言わなくてもいいことであって。ただ、私たちとしては駅名であるとか最低限のものはほしいということを申し上げたら、それはよくご理解いただけたんで、私たちも騒音の町を望んでいるわけではないので、これからもみなさんのご意見なども聞きながら、私たちはやっぱり音印は要求していきますし、まあ過度な要求はしていく必要はないと思っているんですけれども。ディーガンさんとしてはどういうご要望がこれから私どもにありますでしょうかね。

ディーガン 先ほどの、特に鳥のさえずりの疑似音がすごく嫌で、そういうことをJRや鉄道会社に言って、別のピンポーンとかブザーとか、もっと無機質な音に変えさせていただけたら非常にうれしいんですけれども。

大橋 私たちとしては、別に方向を知るには小鳥の音で絶対にやってくれという要求ではないので、そのへんは何かのときに言えると思うんですけれども。とても貴重なご意見はお伺いしました。最後に何かコメントなどありましたら。

ディーガン たとえば、駅の近くの大型スクリーンいうのは都条例で違法なんです。我々はもう何度も都とか市とかスクリーンが設置してあるところに行って訴えましたけど、全然聞き入れてもらえなかったんですが、逆に目の不自由な方でそれが邪魔だと思う方がいらっしゃいましたら、ぜひ違法だと訴えていただければと思います。

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カテゴリ:「静かな街を考える会」について
貞子の「振り込め詐欺に注意しろ」放送?
 ここ1、2カ月ほど、私の住んでいる市で、警察の広報車が「振り込め詐欺に注意しましょう!」と放送しながら走り回るようになりました。
 同じ場所にやってくるのは2、3日に一度ぐらい。毎日毎日、防災無線から流されるよりましですが、それでも非常に鬱陶しいです。やれやれ。

 この「振り込め詐欺に注意しましょう!」の放送がいかにバカバカしいかは、これまでのエントリーで何度も何度も繰り返し指摘しているのでもう書きません。
 今回、特に呆れてしまったのは、警察が「自分たちがどんな放送をしているか、確認もせずに走り回っている」のが明らかだったことです。

 先日、昔のアナログテレビの放送終了後に流れる「砂嵐」のような、ザーザーというノイズが聞こえてきました。窓を開け外を見ると、バカでかいスピーカーを付けた警察の車が走っています。周囲に響いているのはただのノイズだけ。
 「いったい、なんなんだ」と思いながら耳を澄ますと、ようやくノイズの中から小さな音で「ふ・り・こめ…さ・ぎに・き…を・つけ・ま…しょ・う」というような声が、かすかに聞き取れました。まるで深夜のテレビ画面から、幽霊がつぶやいているような声です。お前は貞子かよ!(貞子はしゃべらなかったか?)

 「振り込め詐欺に注意しろ」という放送自体、迷惑なだけなのに、このようなザーザーザーザーというノイズしか聞こえない放送を垂れ流して、いったいなんの意味があるのか。
 いくら窓を閉めているとはいえ、車を運転している警察の人間にも、そのノイズだらけの放送は聞こえているはず。それなのに「なんだこの音は。こんな放送をしてもしょうがないから中止しよう」とは考えないのだろうか? それ以前に、警察署を出る前にテスト放送ぐらいしないのだろうか?
 私の頭の中は?マークだらけになるばかりです。

 そもそも、こんなくだらない活動には一生懸命なくせに、警察は廃品回収車だの不動産業者の違法看板だの、「見ればわかる」犯罪を一向に取り締まろうとしません。
 具体的に「何かをする」より、「何かをしているとアピールする」ことに血道を上げ、それだけで「何かをした」気になるのは日本人の悪い癖です。
 その典型は「交通安全週間」だの「町を明るくする運動」だののように、「なんとか週間」「なんちゃら運動」と名付けて、街頭でワーワー喚いたりキャンペーンをしたりすることです。
 日本人はこういう行動が大好きですが、本当に意味のある行動などほとんどないでしょう。

 つい先日も、むかっ腹の立つ出来事がありました。
 ある町の片側一車線の道路を自転車で走っていると、前を「交通安全パトロール協会」と書いた車が塞いでいるのです。
 その道路はバスも通る交通量の多い道です。自転車は道路の左側の車道を走るのが原則。やむを得ないときは歩道を走ってもいいとされていますが、その道は歩道が狭いので私は車道を走っていました。これは交通法規に則った乗り方のはずです。
 しかし、その行く手をこともあろうに、路駐した「交通安全パトロール協会」の車が塞いでいるのです。中を見るとドライバーはいません。しょーもなー。

 自転車を止めて周囲を見渡すと、近くのコンビニ(駐車場なし)の店頭で、缶コーヒーを飲みながらケータイでしゃべっているおっさんがいました。「間違いなくこいつだ」と確信して声をかけると、大当たり。
 「あなた、交通安全のためにパトロールしてるんでしょ? こんな交通量の多いところに路駐してたら危ないじゃないですか。私は自転車で走っていて、あなたの車を避けるためセンターラインの近くまで出なければなりませんでしたよ。後続の車もみんなスピードを落として、怖々と追い越してるじゃないですか。緊急事態で車を止めたというならわかりますが、缶コーヒーなんか飲んでいるところを見るとそうも思えないし、どういうことなのか説明してもらえませんか」
 そう声をかけると、おっさんはヘラヘラ薄ら笑いを浮かべ「すいません、すいません、すいません」と繰り返しながら車に戻り、あわてて発進させ逃げていきました。

 「まず説明してほしい」と言っているのに、ひたすらペコペコ頭を下げて逃げるだけ。これも日本人の典型的な態度ですね。
 私は「説明責任」などという言葉は嫌いですし、そういう言葉を盾に人を追い詰めることが大好きな新聞やテレビなどのマスコミも嫌いです。毎日のように報道される「謝罪ショー」を、涎を垂らしながら喜んで見ているアホな連中も大嫌いです。
 STAP細胞騒ぎのように、自殺者まで出すほど人を追い込んで何が楽しいのか。

 しかし、別に衆人環視の中で「謝罪しろ!」と追い詰めているわけでもなく、一対一で「どういうことなのか聞かせてください」と言っているだけなのに、「すいません、すいません、すいません」と逃げるだけでは話になりません。「路上に車を止めたのはかくかくしかじかで……」と理由があるならそれを説明してくれればいいし、なければ「すいません、ついうっかりして……」と言ってくれればいい。うっかりすることなんて、誰にでもあるんだから。

 「なぜ?」と聞いたら「こういう理由で」と答える。「カトちゃん」と言われたら「ペッ!」と返す。「話」というのは言葉のキャッチボールから始まるものなのに、この「交通安全パトロール協会」のおっさんのように、最低限の説明すらしようとせず、人との「対話」を拒むのではどうしようもありません。
 そういう連中に限って、「振り込め詐欺に注意しましょおおおおお!」「交通ルールを守りましょおおおおお!」「子供たちを守りましょおおおおお!」などと、人様に向かって一方的に、大声で叫ぶことは大好きで、しかも自分を「善人」だと信じ込んでいるものだから始末に負えません。
 大切なのは、ただ「叫ぶ」ことではなく、「具体的に何をするか」であり「人と話をすること」です。一方的に叫べば叫ぶほどその大切さを忘れてしまうものだからこそ、私は、はた迷惑なスピーカー騒音を「やめろ」と言い続けます。

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カテゴリ:防災無線・広報車・夜回り
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■プロフィール

Author:H・K
市民グループ「静かな街を考える会」会員H・Kのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

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