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年末です!消防団の暴騒音にご注意ください!
 年末恒例、消防団の「火の用心騒音」は、案の定、昨夜(30日)まで続きました。ま、いくらなんでも、今日(大晦日)はないだろうと仮定しての話ですが……。
 25日から昨日までの6日間、毎晩毎晩、市内を何台もの消防車が走りながら、「カーン! カーン! こちらは●●市消防団第●支部です! 年末です! 空気が乾燥しています! 火の元にご注意ください! カーン! カーン!」とがなり立てて、もううんざり。実際に火事が起きたという緊急事態でもないのに、深夜と言っていい時間まで、けたたましい鐘の音やアナウンスを流しながら町中を走り回る。これが暴走族と同じでないなら、いったいなんなのかとしか言いようがありません

 今年はどうやってこの騒音を避けるか考えたあげく、私は夜になったらエアコンの送風を最強にして部屋の中を風の音で満たし、さらにヘッドホンでボリュームを大きめにしながら映画を見てやり過ごすことにしました。これなら消防団の暴騒音も、少し遠ざかればほとんど聞こえることはないからです(近くに来たときは防ぎようがありませんが)。
 それでも、夜7時頃から聞こえ始めるこの音を、何時間も防ぐのは限界があります。うっかりトイレに行ったときに「カーン! カーン!」と聞かされると、それだけでイライラ。昨夜は、映画を見終わった夜11時半過ぎに「火の元にご注意ください!」とやられました。6日間のうち、半分ぐらいは日付が変わる頃まで走り回っていたようです。

 以前のエントリーに書いている通り、私が住んでいる市の消防団騒音が急にひどくなったのは去年からなのですが、実はこの件については今のところ、直接、苦情を言うことはしていません。なぜなら、当市の消防団は連絡先がどこなのか調べてもわからず、「問い合わせは市の防犯防災課まで」という情報しか見つからないからです。
 市の防犯防災課とは、防災無線や広報車のおせっかい放送(振り込め詐欺注意放送など)をやめてくれ、という話でこれまでに何度もやり合っているし、これからもやり合うことが続くはずです(油断していると、すぐに復活するので)。防災無線の件に加えて消防団騒音のことまで持ち出すと、ただでさえ悪いムードがさらに険悪になってしまう。それも困るので「防災無線の騒音に苦情を言いやすくするため、消防団の騒音についてはぐっと我慢している」という状況です。

「火の用心」や「夜回り」騒音は、消防団以外にも自治会がやっていたり、また、年末に限らず春や秋にもやったり(私の住んでいる市がそう)、さらにひどいところでは「週に3日」というように、年柄年中やっている地域もあるようです(その騒音のせいでノイローゼになり、精神科に通うことになってしまった人を知っています)。そういう場所に住んでいて、苦情を言える状況にある人は、どんどん「やめてくれ」と言いませんか。
 おかしいことにおかしいと言う。迷惑なことに迷惑と言う。それは当たり前のことであって、臆する必要なんかありません。まあ、「善意の前に『迷惑』という言葉などない!」と考えるのが大多数の日本人ですから、「苦情を言う」ことで心理的にものすっごく辛い思いをするのは、あらかじめ覚悟しなければなりませんけれども。

 あんまり、こんな状況が続くようなら、私も拡声器を持って「年末です! 消防団が走り回ります! 暴騒音にご注意ください!」と、人々に注意をうながすため「善意で」叫び回ろうかな。「善意のためなら、誰がどんなに辛い思いをしようがかまわない」と考える大多数の日本人には、それを「迷惑行為だ! やめろ!」と言う資格なんかないはずだし、なんと言っても「うるさいなあ」とただ頭を抱えているより、自分で叫んだほうがよっぽど楽しそうだもんなあ。

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カテゴリ:防災無線・広報車・夜回り
「ありがた迷惑、火の用心」が始まるよ~
 本会の機関誌『AMENITY』31号に、ブログの記事「犯罪者に優しい防犯パトロール」の転載を許可してくださった、謎のイタリア生まれの戯作者パオロ・マッツァリーノ氏が、月刊誌『新潮45』で新連載を始めたとブログで告知しています。題して「むかしはよかったね?」

 詳しくはリンク先を読んでいただきたいのですが、「むかしの日本人は素晴らしい人ばかりだった、いまの日本と日本人はダメだ、いう言説にかたっぱしからメスを入れて検証してやろう、ウソにまみれた日本庶民文化史を正しい方向に導こう、きれいごとだらけに捏造された日本庶民文化史を正しく書き直そうというね、まあ、私のライフワークともいえるテーマ」だそうです。

 12月号に掲載された第1回のテーマは、「ありがた迷惑、火の用心」。これもブログの告知に書いてありますが、「いまや市民の善意の象徴ともなっている火の用心の夜回り。それを批判してしまうというタブーにチャレンジ」したという、「犯罪者に優しい防犯パトロール」を、さらに深化させた内容になっています。

 私はさっそく図書館に行って読んだのですが、読み応え十分。防犯パトロールという善意の押しつけは、ただうるさいだけで実際にはなんの役にも立っていないこと、昔から、その迷惑行為に反対してきた人たちが(わずかながらでも)いたこと、しかし、そういう意見が結局は社会に受け入れられず、いかにして「絶対善を信奉する多数者の声」に握り潰されてきたかなどを、統計や古い新聞記事を元に解き明かしています。

 でもまあ、なんの効果もない(少なくとも、効果があるかどうかを検証した形跡すらない)のに、「あれに注意しろ! これに気をつけろ!」と、何かに取り憑かれたかのように放送したり、町のあちこちに汚らしい看板を立てたりして、「善意の押しつけ」をしたがるのは、火の用心や防犯パトロールに熱中する人々に限りません。日本というのは防災無線や大型ビジョンからスーパーのアナウンスまで、どんなものでも使って「ああしろ、こうしろ放送」を垂れ流したい人と、垂れ流されて安心したい人ばかりあふれています。「そんな放送、なんの効果もないしうるさいだけだから、やめてくれよ」という少数者の声は、その「絶対的な善(という思い込み)」の前に、ただ切り捨てられてしまうだけというのが現状なのです。

 この記事を読んで意外だったのは、実は大正から昭和の初めにかけて、警察が何度も「夜回り禁止令」を出していたという事実です。結局は、その命令も「善意の人々」によってないがしろにされ、迷惑な夜回りが復活し、また「うるさい」という声で警察が禁止令を出し、「善意の人々」によって……という繰り返しが、たびたびあったというのです。
 こうした事実からわかるのは、日本人の「善意のためなら、人が迷惑に思おうがどうでももええねん! 効果があるかどうかも、どうでもええねん! 禁止令? そんなもん、ええことのためならどうでもええっちゅーねん!」という、「ご注意」をまるで宗教のようにとらえる信仰心の強さですね。まさに記事でマッツァリーノ氏が書いている通り、「日本人であるあなたがたに、アフリカの部族の風習を笑う資格はありません」という話です。

 そして最悪なことに、こうした日本人の「ご注意信仰」は、ますます強くなっていく一方です。
 夜回りに限っても、もともと私の住んでいる市では、消防団が消防車で走り回り、鐘を叩きまくる師走の「火の用心」は、年末の3日間ぐらいでした。ところが去年、急にその期間が1週間近くに延び、鐘だけでなく「火の元に注意しましょう!」という放送が加わって、さらに(なんと!)夜中の12時まで走り回るというように、とんでもなくエスカレートしてしまったのです。
 去年と同様であれば、「カーン! カーン!」という耳につく鐘の音と、「年末です、空気が乾燥しています! 火の元に注意しましょう!」というやかましい放送で悩まされる夜が、ちょうど今日あたりから始まるはず。もう、それを考えるだけでうんざりしてしまいます。なんで1年の締めくくりに、こんなイヤ~な思いをしなきゃならんのよ?

4時間も続く年末消防団騒音
日付変更まで続く消防団騒音
これじゃ暴走族も消防団も同じだ

 ちなみにマッツァリーノ氏の連載、現在発売中の1月号には、「治安のいい日本で暮らせてよかった~!」が掲載されています。「体感治安と実際の治安状況のズレ」をテーマに、「現在の日本は、おそらく歴史上もっとも犯罪発生率が低くなっているのに、逆に、犯罪不安におびえる人はもっとも多くなっているという不思議な現象を、過去と現在を比較することで、あらためて検証」した内容となっています。

 この連載は直接的に「音」の問題を取り上げたわけではありませんし、マッツァリーノ氏と本会には、機関誌にブログの転載を許可してくださった以上の関係はありません(そのやりとりをしたのは私ではないので、氏の正体も知りません)。ですが第2回の記事も、「振り込め詐欺に注意しましょう!」「最近、ひったくりが増えています!」というようなおせっかいな放送が、いかに無駄でうるさいだけか、そのことをデータの面から実証してくれる、読み応えのある内容となっているのでおすすめです。

 ※追記:「むかしはよかったね?」が『「昔はよかった」病』のタイトルで新潮社から発売中。「第1章 ありがた迷惑、火の用心」、「第2章 治安のいい日本で暮らせてよかった~!」、「第6章 まちがいだらけの自警団」、「第8章 安全・安心ウォーZ」、「第9章 ハイテンションな元気をもらいました!」、「第11章 ありのままの敬老の日」、「第12章 ウザい絆とキモいふれあい」は必読です。

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カテゴリ:防災無線・広報車・夜回り
商店街スピーカー騒音の記録その2
●西武池袋線「保谷駅」の商店街

 北口周辺では、特に商店街として音楽を流したり、店の外に音楽や宣伝を流したりしている店はないようです。ただ一つの例外は、案の定、宝くじ売り場。駅前のロータリーにある宝くじ売り場が、比較的小さめの音量でしたが宣伝放送を流していて、近寄ると甲高いアナウンスが耳について非常にイライラします。
 このロータリーにあるドラッグストアやメガネ屋などが(店の中はどうかわかりませんが)外にまで聞こえる音を出したりせず、静かに営業しているのに比べて異様です。
 ロータリーから脇道に入ったところにあるラーメン屋(飲み屋だったか?)が、外に聞こえるようにラジオの音か何かを流していましたが、まあ、それくらいはご愛敬。そのさらに奥にあるゲオやファミリーマートのある一角も、店のドアが開いて中の音が漏れてさえこなければ静かでした。

 南口は、線路と並行して伸びる狭い車道(商店街)を歩きました。ここはバスや車の往来があまりにも激しくて、その騒音の中で音楽やアナウンスを流してもどうせ聞こえない……とあきらめているのかどうか知りませんが、商店街としては何も放送していませんでした。
 ただし、やはりここにも「うるさい店」が。一つは「味の名店街」というビルにある「韓国焼肉なかやま」という店で、歩道に液晶モニターを置き、キンキンけたたましい宣伝放送を流していました。もう一つは「町のお肉屋さん タカギフーズ」という店。肉屋というよりスーパーのようですが、店の入口にスピーカーを置き、歩道に向かってかなりの音量で音楽を流していたので、この店の前を通るときはうるさくてしょうがありませんでした。

 北口も南口も、私が行ったときは駅から階段を降りたところに何人ものチラシ配りが陣取って、人の通行を妨害していたのがうっとうしい限り(南口はどうやら美容院、北口は不明)。
 また南口は、日が暮れる頃になるとロータリーの真ん前にある「牛角」から店員が出てきて、「ただいまお席をすぐご用意できまあああーーーーす! いかがでしょーかーあああああ!」などと喚き始めたのでうんざり。この店のすぐ目の前はペデストリアンデッキで蓋をしたような構造になっているので、店員の叫び声があたり一面に反響して、とてつもない絶叫地獄になっていました。
 また、帰りに駅ビル「エミオ」で買い物をしようと思いましたが、入ってすぐに最悪の絶叫店「カルディ」の看板が見えたので、その瞬間、すぐにくるりと引き返しました。


●西武池袋線「清瀬駅」の商店街

 自転車で駅前を通りかかったとき、頭の上からいきなり「●●ショップでは、ただいま大売り出しを開催中! みなさまお誘い合わせのうえご来店ください!」という類の宣伝放送を聞かされてうんざり。やっていたのは北口の「けやき商店街」ですが、ここの放送は音量がかなり大きい! しかも音楽はなく、ひたすら各店舗の宣伝だけを延々と流し続けているようです。

 私は、「この放送は、いったいどのあたりまで流してるんだろう」と思って、しばらく自転車を走らせてみたのですが、かなり駅から離れた周囲は畑と家ばかりで、その中にぽつぽつと店らしいものがある、そんな場所にまでスピーカーを設置して、駅前と変わらない宣伝を流していたのでびっくり。
 マンションやアパートや、民家の2階のすぐ目の前にスピーカーがあって、そこから絶え間なく「預金のご相談は●●銀行●●支店へ! 駅徒歩2分●●信号手前です!」だのなんだのと、けたたましいアナウンスが流されているというのに、そこに住んでいる人は屁とも思ってないんでしょうか。この商店街はアーケードではないので、放送は数十メートル先でも聞こえる可能性があると思うのですが、近くに住んでいる人たちはそのことを気にもとめないんでしょうか?
 こんな放送を流し続けるほうも、それを聞かされて平気でいるほうも、どちらの神経も私には理解出来ません。

 しかも、駅前まで戻ってロータリーを中心に一周してみると、北口周辺はすべて「けやき商店街」になっているようで、右へ行っても左へ行っても、どこに行こうがこの宣伝放送を聞かされ続けました。私は「どこかに落ち着けそうな喫茶店を見つけて一休みしよう」と思っていたのですが、こんなアナウンスを頭の上から浴びながら店探しなどできないので、さっさと退散。

 で、南口に回ってみたのですが、こちらも「はあ~、行くんじゃなかった」という場所でした。駅前のロータリーから伸びる商店街「南口ふれあいどーり」(幼稚園児が名付けたんですか?)に切れ目なくスピーカーが設置されていて、「けやき商店街」とは逆に音楽だけを、ひたすら流し続けていたからです。しかもかなり大きなボリュームで、リズムの強いポップスばかり無理やり聞かされて、もう、うんざり。

 加えて、ロータリーの前にある「ケンタッキーフライドチキン」は店頭で音楽を、「セガミ薬局」も音楽や宣伝放送を流していたし、周囲にある何軒ものパチンコ屋からは店内のけたたましい音がだだ漏れ。「せめて南口で休める場所を探そう」と思っていたのですが、これも諦めて早々に退散することにしました。


●小田急線「経堂駅」の商店街

 駅南口から延びる「経堂農大通り商店街」は、特にBGMやアナウンスを流していませんでした。途中まで歩いただけですが、店頭から音楽を流したり呼び込みをしたりしている店も見当たらず。
 狭い通りに車が入り込み、農大生がうじゃうじゃ歩いているので圧迫感はありますが、そのせいかどうか店舗のはみ出し陳列もあまりひどくなかったし、まあまあ歩きやすい商店街のように思いました。

 それにひきかえ、うんざりしたのが北口の「経堂すずらん通り商店街」。この商店街では一日中、スピーカーから音楽を流しているようで、私が歩いたときはこんな状況でした。

 経堂すずらん通り商店街の音楽.MP3

 録音したのが工事現場の横だったので、その音が入ってしまいましたが、流れているのは「春のうららの隅田川~」をアップテンポに編曲した曲。この商店街ではこんな幼稚で耳障りな音楽が、街灯という街灯に取り付けられたスピーカーから一日中流されているようです。
 しかも、「すずらん通り商店街」は一本の通りではなく、北口一帯がすべて「すずらん通り」になっているようで、どこに行ってもこの音楽を無理やり聞かされます。逃げ場がありません。

 歩きながら聞かされるだけでも苦痛なのに、商店街の中には住宅やマンションもあります。静かでなければ意味がない(はずの)学習塾などもありました。それらの真ん前にもスピーカーが取り付けられ、音楽が流されているわけですが、住民や塾に通っている子供たちは苦痛を感じないのでしょうか?
 こんなキンキン耳につく音楽を無理やり聞かされる商店街なんかで、買い物など絶対にしたくありませんね。しようと思ってもできません。ただ、耳を塞いで足早に通り過ぎたくなるだけです。


●京王線「仙川駅」の商店街

 かつて私が住んでいた京王線の仙川。十年ぶりに訪れてみると、ひどいことになっていました。

 もともと仙川を南北に貫く「ハーモニータウンせんがわ」は、一日中、大勢の人でにぎわう商店街でした。買い物客の“自然な喧噪”はいいとして、以前はスピーカーからの宣伝や音楽は流していなかったはず。ところが久しぶりに足を踏み入れたところ、非常に大きい音量でこんな放送をしていました。
 「かもか(?)ポイント、3のつく日はポイント3倍。毎月三日、十三日、二十三日はポイント3倍。とってもお得なポイント3倍。かもか(?)ポイント、3のつく日はポイント3倍。ぜひご利用ください!」

 ハーモニータウンせんがわの宣伝放送.mp3

 他の商店街の宣伝放送と比べても、音量がかなり大きい。人と話しながら歩いていたら、確実にこの宣伝放送のほうが大きくて、会話の邪魔になるひどさです。
 しかも、「ポイント3倍、ポイント3倍」と同じことを繰り返すしつこさときたら。私が商店街を歩いて抜けるまでの5分間、ずっとこの「ポイント3倍、ポイント3倍!」の放送が、数メートル置きにあるスピーカーからエンドレスで流れ続けていました。
 そこまでしつこく、人様の頭上から「買え、買え!」と洗脳のように放送することを、商店街の連中は「恥ずかしい」「みっともない」とは思わないのだろうか。

 もともと私は、この商店街があまり好きではありませんでした。道路が狭いのに人込みが激しく(客が多いのはいいことだが)、それに加えて、いくつもの店が路上にはみ出し陳列をしたり看板を置いたりして、混雑をひどいものにしていました。夕方や休日などに行くと、まるでラッシュ時の駅のホームのような有様。特に駅北側は路上に停めた自転車が溢れかえり、パチンコ屋やゲームセンターが大音響を店の外に撒き散らす無法地帯でした。

 十年ぶりに通ってみると、北口の自転車は少なくなったものの、路上看板やはみ出し陳列は以前よりひどくなっていました。さらに、かなりの数の店が店頭でラジカセから宣伝放送を流したり、店員が絶叫呼び込みをしていたり。そこに「ポイント3倍、ポイント3倍!」の放送が常に頭の上から降り注ぐのだから、とてもまともな環境とは言えません。

 私が特に腹立たしいのは、この商店街が「ハーモニータウン」と名乗っていることです。これは、地元に日本有数の音楽大学でもある桐朋学園があるからでしょうが、桐朋の関係者たちは、商店街の無遠慮な宣伝放送に異議を唱えないんでしょうか。
 桐朋の学生も教員もそのほとんどが、通勤・通学は仙川駅から商店街を通って大学に行くはず。その間、自分たちが最も大切にすべき「耳」や「音感」、つまり「音に関する繊細な感受性」が、エンドレスのスピーカー放送でぞんざいに扱われても平気なのか。「それとこれは別。宣伝放送を聞かされても何も感じない」と言うのであれば、「音大」の名が聞いて呆れます。

 私が今、住んでいるのは仙川よりはるかに小さい田舎の街ですが、駅前の商店街はありがたいことにスピーカー放送をしていません。それだけでも、仙川から引っ越してよかったと思っています。
 そういえば、駅を出て京王線の線路を渡ったところにある「メガネスーパー」は毎朝毎晩、店員が道路に整列して「一つ、私たちはお客様のために誠心誠意尽くします!」みたいなことを、わざとらしく絶叫するのが目障りで大嫌いだったのですが、いつの間にか撤退していたんですね。

 商店街スピーカー騒音の記録その1

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カテゴリ:店・施設・商店街
これじゃ二度と行けない「ぎょうざの満洲」
 ラーメン屋の「ぎょうざの満洲」も行きたくない、というか「とても行こうとは思わない店」になってしまいました。つい数カ月前、

 「東秀」も絶叫呼び込みに参戦だ!

 で、「ぎょうざの満洲は、店頭で呼び込みをしていない」、「店内のうるささも日高屋や東秀よりまし」と書いたばかりだというのに、最近、前を通りかかったいくつかの店が、すべて店頭にラジカセを置き、「満洲ラーメンいかがですかあ! 心も体もあったまりますよ~!」という宣伝放送を流していたからです。

 音量に多少の違いはありましたが、放送内容はどの店も同じ。ということはいつの間にか満洲は、全店で「必ずこの放送を流す」方針にしたんでしょうかね。
 まるで宝くじ売り場の、あの脳天を突き刺すけたたましいアナウンスと、同じような調子の放送を流す店になってしまった満洲。あれじゃ、とても入ろうという気になりません。

 まあ、今さらチェーンのラーメン屋の一つや二つが宣伝を流し始めたからといって、「町のうるささ」の大勢に影響を与えるわけでもありません。もともと、どこもかしこも、やりきれないほどうるさい町ばかりなんだから。
 それにしても、「あ、この店まで放送を流すようになった。絶叫呼び込みをするようになった!」と呆気にとられることはあっても、「ここは放送をやめたんだな。ありがたい。うれしい」と思うことは皆無に等しいのだから、どうしようもありません。

 そういえば、たまたま立ち寄った、JR武蔵野線新座駅の改札前にある総菜店「若菜」(西友系列の店)も、店頭に置いたラジカセから、けたたましい呼び込み放送を流していたなあ。ため息ついて、うんざりしながら店の前を横切ったものです。

 新座といえば駅のガード下、その若菜の奥にあるコーヒーショップ「イタリアン・トマト カフェジュニア 新座駅店」は、チェーン店のわりに店内のBGMが比較的静かで、店員の接客や言葉使いもそれほどロボット化されておらず、「普通の言葉」「まともな日本語」でやりとりすることができました。
 目の前にあったドトールと、どちらに入ろうか迷ったのですが、ここでコーヒーを飲むならイタトマにしたほうが正解じゃないすかね。

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カテゴリ:店・施設・商店街
お笑い車掌の箱根登山鉄道には、絶対乗りません
 電車に乗れば乗るたびに、駅に降りれば降りるたびに、けたたましいアナウンスや押しつけがましいメロディーの氾濫にうんざりしてしまいます。
 実際に乗らなくても、ときどき新聞などに掲載される「こんなアナウンスやメロディーを流す駅があるんですよ~。知ってました!?」という記事を見るだけで、「どうして日本人というのは、こんなにも音に鈍感でいられるんだろう」と、首をひねるばかりです。

 1カ月ほど前、JR総武線の千駄ヶ谷駅に降りました。ここは他のJRの駅と同様、改札口付近で旅行案内のアナウンスをエンドレスで流しっ放しにしていましたが、私が特におかしいと思ったのは、改札の中と外の両方でアナウンスを流していたこと。どちらか一方ならまだしも、至近距離で2カ所から、同時に宣伝放送を流して平気でいられる鈍感さって、いったいなんなんだろう……。

 アナウンスの内容は、「新宿周辺のスタンプラリーのお知らせ」と、「秋田旅行キャンペーン」でした。

千駄ヶ谷旅行案内放送.MP3

 「秋田は、心も体も癒やしてくれる名湯ばかりです」などと、押しつけがましく宣伝しているわけですが、別に秋田まで行かなくても、こういううるさい放送をやめてくれるだけで、私は「心も体も癒やされる」んだけどなあ。

 次は、いくつかの(私に言わせれば)唖然とする新聞記事です。

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ドラマ『踊る大捜査線』@お台場

青島が駆けた、寂しき埋め立て地

 りんかい線東京テレポート駅。ホームにテーマ曲が響く。織田裕二演じる主人公、青島俊作はこの駅を通勤に使っていた。「お台場の玄関口」としてPRしようと5年前、発車メロディーに採用された。通常のベルに戻すことも検討されたが、「やっぱり『踊る~』がしっくりくる」という乗客や車掌ら“現場”の声を優先したという(後略)。
 (文・岩本恵美、写真・古市智之)

東京テレポート駅記事.jpg

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 「やっぱり『踊る~』がしっくりくる」という乗客や車掌ら“現場”の声を優先した――。ですか。
 でも、「駅で聞きたくもない音楽を流さないでくれ。聞きたくない者の苦痛も考えてくれ」という「声」を上げたとしても、きっと、まさにその「現場」に握りつぶされるだけなんでしょうね。嫌がる人の「痛み」を考えることすらできないのに、よくもまあ「現場~、現場~」なんて言えるものだとあきれます。青島刑事とは雲泥の差ですねっ!

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福島駅(福島県 JR東北新幹線)

甲子園メロディーで発車

 ホームには一年中、甲子園の曲が流れる。古関裕而(ゆうじ)作曲、全国高校野球選手権大会歌「栄冠は君に輝く」。福島市中心部で生まれ育った作曲家にちなんで、発車メロディーに採用された。
(中略)
 福島青年会議所のメンバーだった黒沢さんは仲間とともに、古関の作品を発車メロディーにするようJR東日本に働きかけた。約5千曲ある古関作品から市民アンケートなどで「栄冠は君に輝く」を選び、専門家にアレンジを依頼するなど実務を買ってでた。古関の生誕百年に当たる2009年、初めてメロディーがホームに流された。「うるっときました」
(中略)
 駅はまもなく、盆休みのラッシュを迎える。帰省や出迎えの人たちでにぎわうホームを、心を鼓舞するメロディーが包み込む。

 文 塩田麻衣子/撮影 馬田広亘

福島駅記事.jpg

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 こういう記事を読むと、ほんと、日本中の至る所に「余計なことをする人」がいるものだなあと感心します。この黒沢信之という人は、自分が「うるっと」するためなら、「そんなメロディーは聞きたくない。駅に音楽なんていらない」と考える人のことなど、どうでもいいんでしょう。

 だいたいなぜ、駅のホームに「心を鼓舞するメロディー」が必要なんでしょうか。駅というのは常に危険があふれている場所なのだから、できるだけ静かにして、乗客が冷静に、落ち着いて乗降できる環境を整えるのが、鉄道会社の義務だろうと私は思います。
 それなのに、ただでさえ混雑する「盆休みのラッシュ」のホームで「心を鼓舞」して、乗客の危険度が増すような状況までうれしそうに紹介しているのがこの記事。
 そういう無神経な記事を書ける塩田麻衣子という記者の頭の中も、私にはさっぱり理解できません。

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大平台駅(神奈川県、箱根登山鉄道・鉄道線)

思わず聞き耳、名物車内放送

 「40分間しゃべり倒します!」。高らかな宣言で口火を切った車内放送は、本当に終点まで続いた。笑いを誘うアナウンスが評判の車掌がいると聞き、声の主である落合伸哉さん(26)を訪ねた。

 始発の強羅駅を発った電車は山を下り始める。「今年のぉ箱根駅伝~、この小涌谷踏切ではぁ、選手の通過を待ってぇな~んと……10分間も停車しておりましたあ~!」。次々と繰り出される車内放送は、沿線の観光案内が中心。独特の抑揚とリズムが、耳をとらえて離さない。

 正面に座るご婦人と目が合った。「朝の通勤電車なら考えられないわね」と楽しそう。どの乗客も放送に耳を澄ませ、旅の仲間と笑い合う。

 電車は大平台駅に到着した。山を登ってくる電車とのすれ違いで生じた停車時間は、落合さんいわく「写真撮影タイム」。車内を検札に回ればたちまち子どもたちに取り囲まれる。制帽を脱いで男の子にかぶせると、笑顔で一枚の写真に収まった。「3、4歳の時、自分もかぶせてもらってうれしかったんですよね」

 それが原体験になった落合さんは、約1年半前に念願の仕事に就いた。風邪をひいて鼻声でした放送が乗客に受け、現在のスタイルにつながったという。

 乗り換えの箱根湯本駅。「降りる時のぉ、おしくらまんじゅうはぁ~、ご遠慮願います!」。降りる支度を始めていた乗客の間いっぱいに拍手が広がり、車内は温かい雰囲気に包まれた。

 文 岡山朋代/撮影 馬田広亘

箱根登山鉄道記事.jpg

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 これはもう、最悪中の最悪だと思いま~す。冗談じゃないですね。

 私は、この落合伸哉という車掌の乗る列車がどれなのか、時刻表を見れば事前に把握できて、「そんなやかましい車内放送、聞きたくない」という乗客は避けることができるのだろうか。あるいは、この車掌の放送が流れるのは一編成の中の限られた車両だから、聞きたくない乗客は他の車両に逃げることができるのだろうか。それだけでも調べようと思って箱根登山鉄道のホームページを見たのですが、そんな情報、どこにも載っていませんでした。
 ということは、うっかりこの車掌の電車に乗り合わせてしまったら、どんなに嫌でも「40分間しゃべり倒す」車内放送を、無理やり聞かされるはめになるということですね。それって、音による拷問とどこが違うんでしょうか?

 私はこの記事を読んで、本気で「この車掌がいる限り、箱根登山鉄道だけは乗らない」と思いました。今まで箱根には仕事で何度か行ったことがありますが、それはすべて車です。今後も必ず車だけにして、箱根登山鉄道に乗る事態だけは何がなんでも避けますよ。

 「40分間しゃべり倒す」車内放送なんて、ハッキリ言って常軌を逸してるし、「10分間も停車しておりましたあ~!」だの、「おしくらまんじゅうはぁ~、ご遠慮願います!」だのといった、ギャグにすらなっていない幼稚な放送を聞かされても、ちっともおもしろくありません。
 また、いくら箱根登山鉄道が観光路線といっても、すべての乗客が「子ども連れの楽しい観光旅行」を目的に乗っているわけではないでしょう。静かに箱根の景色を眺めたい旅行客とか、しっぽり旅情を味わいたい中年不倫カップルとか、旅館の経営問題で頭がいっぱいになっているビジネス客とかも、間違いなくいるはずです。
 そんなふうに、電車の中にはいろいろな目的や思いを抱えた人がいるという「当たり前」のことを、この車掌や箱根登山鉄道は、ほんの少しでも想像することができないのでしょうか。

 もし、私が箱根登山鉄道に乗って、この車掌の放送で旅情をぶち壊しにされたら、必ずその場で猛抗議をするでしょうね。そして「絶対にやめない」と言うなら、「終点までのタクシー代を払え」と要求するでしょう。
 この落合伸哉という車掌のやっていることは、それぐらいひどいことだと思います。

 私がこの車掌の車内放送を、ここまで問題視するのは、ただ「うるさい」とか、「そんなくだらない放送は聞きたくない」という、感覚的な理由だけではありません。鉄道の車掌というのは、「列車の安全運行のために働くことが職務」なのに、この落合伸哉という車掌はその大切な業務をおろそか(少なくとも二の次)にしているとしか思えないからです。

 私は以前、ある航空評論家と話をしたことがあるのですが、その人は「日本人は、キャビンアテンダントのことを、まるでホステスかファミレスの店員のようにしか見ていない。キャビンアテンダントはサービス係ではなく、飛行機の保安のために乗務しているということを、まったく理解してないんだよね」と、ため息をつきながら嘆いていました。

 キャビンアテンダントはただの接客係ではない。飛行機を安全運行させるために乗務する保安要員だというのは、航空関係の法律だかなんだかに書いてあることだそうです。当然、キャビンアテンダント本人も、そのことをしっかり理解して乗務している(はず)です。
 それなのに乗客、特に日本人の乗客は「酒持ってこーい」だの、「言わなくても雑誌持ってきてよ! それが、お・も・て・な・し、でしょ!」だのと、まるでホステスまがいのサービスを要求し、キャビンアテンダントはそれに応えるのが当然! と思い込んでいる人ばかりだそう。そのせいで日本の航空会社のキャビンアテンダントは、外国と比べて肝心の「保安業務」がかなりの部分で、おろそかになっているのが実情なのだそうです。

 この状況と同じことが、箱根登山鉄道や落合伸哉という車掌にも言えるのではないでしょうか。これはなんの資料で読んだか覚えていないのですが、鉄道関係にも「車掌が乗務する第一の目的は、列車の安全運行や乗客の安全輸送のため」という法律だか、鉄道会社の「当然の理念」だかみたいなものがあるそうです。その理念は、当たり前すぎるほど当たり前のものでしょう。

 その視点から、この落合伸哉という車掌がやっている「お笑い車内放送」を見ると、私には「保安のために乗務している車掌」とは、とても思えないのです。「安全にもちゃんと気を配ってるよ!」と口先ならいくらでも言えるでしょうが、「40分間しゃべり倒し」ながら、本当に「保安」の仕事が務まるものなんでしょうか?

 私には疑問です。こんな車掌が乗っている箱根登山鉄道で、安全が確保されているとはとても考えられません。私がこのお笑い車内放送を「おかしい」と思う一番の理由は、そこにあります。
 もし、この車掌が貸し切り列車専門とか、車両限定とかで乗務しているのなら、乗りたい人は乗ればいいし、乗りたくない人は無視すればいいだけ。お笑い放送のせいで安全がないがしろにされてもかまわない人は、好きに乗ればいいんじゃないの? というだけの話なんですけれども、そうでないなら問題外です。

 しかし、このブログは長いな。書き終わって、まるで40分間しゃべり倒したように疲れてしまいましたあ~!

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カテゴリ:駅・車内
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■プロフィール

Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

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