日本だって、イスラム国家と変わらんでしょ
 朝日新聞の「特派員メモ」という連載記事に、たまに世界各国の「音」に関する話題が掲載されます。そのうちの一つ。

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(特派員メモ コペンハーゲン)親切の反比例

 ロンドンから北欧デンマークに里帰りした知人がしきりにぼやく。「階段で乳母車を下ろしてもみな知らんぷり。ロンドンならわれ先に手を貸すのに」。一見、無愛想な紳士が「道に迷ったのか」と声をかける。ちょい悪風の少年が荷物を抱えたお年寄りを手助けする――。英国ではおなじみの風景だ。

 福祉国家で名高いデンマークだが、知人は「弊害」を嘆く。国家が何かと面倒を見てくれるので個人が助け合う必要を感じなくなった、と。

 私も日本に戻ると「閉まるドアにご注意」「バックします」といったアナウンスの洪水に面食らう。それで助かる人がいるのは理解しつつ、直接、声をかけ合ったり助け合ったりする必要を感じなくなってはいないか。かゆいところに手がとどく「安心国家」の弊害がなければいいが(後略)。

(沢村亙)

特派員メモ_コペンハーゲン.jpg

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 ――『「閉まるドアにご注意」「バックします」といったアナウンスの洪水に面食らう。それで助かる人がいるのは理解しつつ、直接、声をかけ合ったり助け合ったりする必要を感じなくなってはいないか。』

 「必要を感じなくなってはいないか。」ではなくて、まさにそういう状況になっていると思いますよ。

 ――『かゆいところに手がとどく「安心国家」の弊害がなければいいが。』

 いや、「弊害がなければいいが。」どころの話じゃないです。実際に弊害ばかりです。誰も彼もが押し黙ったまま、自分の口は絶対に開こうとせず、ただスピーカーから流れてくる「ああしましょう! こうしましょう!」という怒濤のような管理放送を「聞き流すだけ」なのが、日本という国の人々なのですから(しかもスマホで目、iPodで耳まで塞いで!)。
 そのバカバカしさに、うっすらとでも気づくことができたのなら、ぜひもう一歩踏み込んで、こうした日本社会のおかしさを、紙面でしっかり考察してみてほしいものです。お願いだから。

 もう一つの記事。

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(特派員メモ)モスクの音の秘密 @ジャカルタ

 【郷富佐子】

 (前略)今月10日からイスラム教の断食月(ラマダン)が始まり、モスクが流す礼拝の呼びかけも音量を増した。このスピーカーの多くが「TOA」という日本企業製だと聞き、ジャカルタ郊外にある工場を訪ねた。現地生産している合弁企業の本田敦雄社長によると、インドネシアに20万あるとされるモスクの8~9割が同社製のスピーカーを使っているという。高いシェアだ。
 (中略)
 ラマダン中は、早朝から礼拝の呼びかけが大音量で鳴り響くため、毎年寝不足になる。でも、これが日本のスピーカーから流れていると思うと、今年は少し違って聞こえるような気がする。

特派員メモ_ジャカルタ.jpg

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 うーん、こっちの記者はのんきだなあ。『早朝から礼拝の呼びかけが大音量で鳴り響くため、毎年寝不足になる。』ほど鬱陶しいのに、『これが日本のスピーカーから流れていると思うと、今年は少し違って聞こえるような気がする。』わけですか。まあ、それくらい図太い神経でなければ、海外特派員なんてできないんでしょうけれども。

 イスラム国家で礼拝の呼びかけが大音量で鳴り響くことや、それをその国の人々がどう受け止め、どう考えているのかについて、いちいち他国の人間があれこれ言う必要はないでしょう。でも、「常に『ああしろ、こうしろ』という放送が流れ続け、嫌だろうがなんだろうが聞かざるを得ない国である」という状況は、イスラム国家だって日本だってたいして変わりませんよ。

 私の住んでいる市では原則として、防災無線から流れるのは毎日、夕方の鬱陶しい音楽だけですが(自慢じゃありませんが、その他の放送は、私が苦情を言ってやめさせたのです。私が黙っていたら、今でも鳴り続けていたでしょうね)、日本には「おはようございます!」だの、「本日は公民館で映画の上映会を行います!」だの、「狂犬病の予防注射を忘れずに!」だの、「子どもたちを見守りましょう!」だの、「行方不明の老人を捜しましょう!」だの、朝から夜まで幾度となく、防災無線から「ああしろ、こうしろ管理放送」が大音量で鳴り響く町がたくさんあるのです。

 そんな放送が流れるのは防災無線に限りません。日本という国はイスラム国家で1日中「礼拝をしろ」とスピーカーから言われ続けるのと同様に、駅や、店や、路上など、ありとあらゆる場所で、いちいち「ああしろ、こうしろ」と命令され続けなければならない国なのです。
 そのことのおかしさに、この記者も少しでいいから気づいてほしいものです。『日本のスピーカーから流れていると思うと、今年は少し違って聞こえる』などと、あまりにもお気楽なことを言ってないでさ。

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カテゴリ:騒音をめぐるあれこれ
ヨーカドーで受けた応援歌という「拷問」
巨人がセ・リーグの優勝を決めた数日後、イトーヨーカドーの店内でひどい目に合いました。巨人の応援歌が、とてつもない大音量で、エンドレスで流され続けていたからです。

ほかのエントリーに書いている通り、スーパーの中でも「騒音」がひときわすさまじいヨーカドーに、私は基本的に行かないようにしています。でも、このあたりではどうしてもヨーカドーでしか買えないものがあって、仕方なく足を向けたのが運の尽きでした。やっぱりやめればよかった……。

いつものうるさいマーチ風のBGMより、さらに大きな音量で、しかもエンドレスで「聞け! 聞け!」と押しつけられる巨人の応援歌……。
私ははっきり言ってアンチ巨人ですが、そんなことはこの場合、関係ありません。巨人だろうが阪神だろうが西武だろうが同じです。プロ野球のテーマソングだからということではなく、「どんな曲であっても」「同じ音楽を延々とエンドレスで」聞かれ続けて、我慢できるわけがありません。
こういう拷問にも等しいことを平気でできるヨーカドーの神経というのは、いったいどうなっているんでしょう。

映像にはサブリミナル効果と言われるものがあって、簡単に言えば「相手に気づかれない手法で、潜在意識にメッセージを刷り込む」ことだと思います。そしてこの手法は、テレビや映画などの業界では自主規制の対象になっているようです。
ヨーカドーの店内でエンドレスで聞かされ続けた巨人の応援歌は、「潜在意識」ではなく「意識」に働きかけてくるものですから「サブリミナル」ではありませんが、やり方としては似たようなものでしょう。むしろ、これ以上ないほど強烈な音による刷り込み効果を狙って、同じ音楽を繰り返し繰り返し聞くことを意識レベルで無理強いしてくるのですから、ある意味でサブリミナルよりもっとタチが悪いのではないでしょうか。

その証拠に私は、この曲をヨーカドーの店内にいる間に聞かされ続けて、すっかりメロディーが頭の中に刷り込まれてしまいました。歌詞だってサビの部分を覚えて(無理やり覚えされられて)しまったのです。
「ジャーイアーンツ、ジャーイアーンツー、ゆーけゆけーえそれーゆけ、きょーじーいんぐーんー!」

……最初のうちは、「こんなこと、犬に噛まれたと思って忘れなきゃ!」と思いましたが、いまだにこのメロディーや歌詞が頭の中から消えません。たぶんこれから一生、この「傷」を背負ったまま生きていかなきゃならないんでしょう(アンチ巨人なのに!)。
こんなふうに、「人の頭の中に無理やりメッセージを刷り込む」行為が悪質でないのなら、いったい何が「悪」なんでしょうか?

同時に私は、こんな洗脳まがいなことをされても、文句の一つも言わずにいる日本人という「徹底的に音に鈍感な人たち」の神経も理解できません。
私がヨーカドーに行ったのは巨人の優勝セールの最終日だったようですが(ほんとにタイミングが悪い!)、帰り際に「お客様ご意見箱」に張り出されていた意見を見ると、10枚近くあった用紙のうち、このエンドレスの応援歌について触れていたのは1枚だけ。
しかもそれは、「欲しかった商品が品切れだった許せん!」というような腹立ち紛れの「意見」の最後に、「世の中にはアンチ巨人も多いことをお忘れなく!」と、嫌みのように一言付け足してあっただけでした。「無理やり音楽を聞かせるな」という、「音」の問題の本質をとらえた意見とはとても思えません。
この優勝セール中には、おそらく何千人、何万人? という人がヨーカドーで買い物をしただろうに、ほんのわずかな人でも「うるさい、やめろ!」とは言わないんですね。

私はヨーカドーで働いている店員にも、腹立ちと同時に同情を覚えますよ。この応援歌が1回2分として、私は30分ほど店内にいたので15回くらい繰り返し、繰り返し聞かされ続けたわけですが、もし店員として6時間働いたら180回、8時間働いたら240回も、同じ曲を聞けと強いられることになるのですから。
店員のみなさんは、こんな拷問を受けて平気なんですか? よく正気を保てますね。

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カテゴリ:店・施設・商店街
ほんとに怖~い「団地祭」騒音
知人から見せられた、団地関係の新聞に載っていた記事。グリーンタウン久米川という団地で行われた「団地祭」の様子だそうです。

グリーンタウン久米川.jpg

人が暮らしている部屋の目の前(というか周囲は全部、部屋に囲まれているわけでしょう)で、「力強い太鼓の音」「大正琴の調べ」「父ちゃんバンド」などが、とてつもない音を出し続けるそうです。
知人はこの団地に住んでいるのですが、祭の日はとても自分の部屋にいられないので、必ず逃げ出すことにしているとか。ほかにもそういう住人は少なからずいるそうです。

団地というところは、ただでさえ音が反響しやすい場所だろうに、ここまで部屋の真ん前で楽器を鳴らし、マイクをつかんでがなり立てれば、そりゃあうるさいでしょう。
せめてアンプやスピーカーなど使わずに、生の音だけが聞こえるもっと落ち着いた祭をするか、ここまでやるなら広い公園を借りるかすればいいのに。
どうして日本人は、こういう自分たちが住んでいる住環境のことすら顧みず、いかにも血圧が上がりそうなことをするのが大好きなんでしょうか。

なお、本会の機関誌『AMENITY』31号には、こういう団地に住んで騒音に悩まされ続けている会員の座談会、「ほんとに怖~い団地騒音」が載っています。読んでいるだけですぅーっと気が遠くなってきます。

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カテゴリ:祭り・路上ライブ
廃品回収車への110番回数(2013年11月)
2013年11月の廃品回収車(不用品回収車)に対する110番通報は、1回でした。

11月は、上旬から中旬にかけて何台か業者が回ってきて、通報も一度しました。しかし下旬にはぱったりと姿を見せなくなったので、この点に関してだけは静かに過ごすことができました。
ひと月合計で、現れた業者の数が片手で数えられるほど少なかったというのは、本当に奇跡のようです。数年前なら1日で同じ台数が来て当たり前だったのですから。
これからも、この調子で騒音業者が減ってくれればいいのですが、どうなることやら。

●2010年6月以降の110番回数

2010年6月  2回
2010年7月  5回
2010年8月  8回
2010年9月  7回
2010年10月  8回
2010年11月 14回
2010年12月  6回
2011年1月  4回
2011年2月  2回
2011年3月  1回
2011年4月  0回
2011年5月  1回
2011年6月  5回
2011年7月  5回
2011年8月  1回
2011年9月  5回
2011年10月  1回
2011年11月  7回
2011年12月  4回
2012年1月  3回
2012年2月  1回
2012年3月  1回
2012年4月  3回
2012年5月  2回
2012年6月  1回
2012年7月  2回
2012年8月  1回
2012年9月  2回
2012年10月  5回
2012年11月  3回
2012年12月  5回
2013年1月  1回
2013年2月  2回
2013年3月  4回
2013年4月  4回
2013年5月  0回
2013年6月  1回
2013年7月  2回
2013年8月  4回
2013年9月  0回
2013年10月  3回
2013年11月  1回

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カテゴリ:廃品回収・移動販売
石破の主張に反対の賛成な~のだ!
いやあ、面白いなあ(笑)。

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石破氏:「絶叫戦術テロと変わらぬ」デモ、ブログで批判

毎日新聞 2013年11月30日 23時36分(最終更新 12月01日 01時05分)

 自民党の石破茂幹事長は29日付の自身のブログで、国家機密を漏えいした公務員らに厳罰を科す特定秘密保護法案に反対し、国会周辺で行われている市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と批判した。国会周辺では連日、市民団体が特定秘密保護法案に反対するデモを行っているが、これを「テロ行為」と同列視する内容で反発を招くのは必至だ。

 石破氏はブログで「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止!』を叫ぶ大音量が鳴り響いている。どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」と指摘。「主義主張を実現したければ、理解者を一人でも増やし支持の輪を広げるべきだ」と主張した。【高山祐】

http://mainichi.jp/select/news/20131201k0000m010076000c.html?inb=fa

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http://bunkasouonn.blog.fc2.com/blog-entry-344.html

のエントリーにも書きましたが、私は特定秘密保護法案そのものについては、いろいろと思うところはありますが、このブログのテーマから外れるので何も書きません。
問題は、そんなことではありません。

なんですか、この石破っちゅーおっさんは。
「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」だの、「どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」だのと指摘しているそうですが、それならあんたら政治屋がいつもやっている街頭演説や選挙カーの連呼はどうなのよ? あんたら自身が、選挙のたびに連呼という「単なる絶叫戦術」でテロ行為を繰り返したり、街頭演説などで「ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為」ばかりしている人種だということを、どうしてこんなときだけ都合よく忘れることができるんですかね?
それとも、自分たち政治屋の演説や連呼は正しい主張で、デモは間違った主張だからやめろとでも? でも、「どのような主張であっても(中略)多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」と書いているのはあんた自身じゃないか。
よくもまあ、ここまで「自分のことは棚に上げた」ことばかり平気で言えるものだと、私はあきれるばかりです。

とはいえ、私はこの特定秘密保護法案に反対するデモに賛同するつもりもありません。それはまさに、この石破というアホが書いているとおり「どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為」は、ただの「迷惑」でしかないと考えているからです。
私に言わせれば、石破をはじめとした政治屋も、デモで絶叫している連中も、どちらも「騒音テロリスト」でしかありませんね。それは他のエントリーにもさんざん書いてきたことです。

なんだかいろいろ書きたくなったので、続けます。

こういうふうに、与党(というか自民党)が法案などを強行採決しようとすると、朝日新聞は必ずこんなことを言い始めます。

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11/30朝刊の記事から抜粋

 与党に言いたい。参院には「熟議の府」としての役割が期待されている。数の論理で成立に突き進むのではなく、野党の声に真剣に耳を傾けて向き合ってはどうか。(疋田多揚)

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これも石破のおっさんと同様、よくまあここまで自分たちに都合のいいときだけ、都合のいい主張ばかり持ち出せるものだと、私は笑ってしまいます。

日頃の記事で、新聞などのマスコミというのは「みんなが望んでいる!」とか「多くの人が賛同している!」などと、大抵のことについて「多数の意見なんだから正しいんだ!」という「数の論理」を押しつけようとします。
騒音の問題で言えば、防災無線や学校の騒音などが典型的な例。いくら私のような人間が騒音に心底困り果てて「防災無線、うるさいだけでなんの役にもたってないでしょう。やめてくださいよ」「学校の騒音、もっと周囲の生活に配慮して、減らすことができるでしょ」と訴えても、「ほとんどの人は困ってないぞ!」「一握りの人間がわがままを言うな!」「そんな少数意見に配慮する必要なんかない!」などと言って退けてくるのは、こういうマスコミでありそれに影響された「多数派は正しいんだ!」で思考をストップしている人たちです。
特に最近(震災以後)は、「みんな」で「一つ」になって「絆」を強くしよう! などという、大多数とは異なる意見を徹底的に排除しようとする論理ばかりが目立ちます。私はこういう言葉が新聞の紙面にあふれかえっているのを見ると、本当にうんざりしてしまいます。

なのに、今回のような別の局面になると、とたんに「数の論理で成立に突き進むのではなく、野党の声に真剣に耳を傾けて向き合ってはどうか。」などと、まったく逆のことを言い出すのだからお笑い草です。あんたたちこそ、もっと「数の論理で突き進むのではなく、少数者の声に真剣に耳を傾けて向き合ってはどう」ですかね? 身近な話題や日頃の生活の中でそうするつもりがない以上、どいつもこいつもただの「上っ面だけ」の「都合のいい奴ら」でしかありませんよ。ほんとに。

もうここまできたら、誰が読んでくれるのかわかりませんが、私が特定秘密保護法案について思うことを書きます。
私はこの法案の内容については反対します。とんでもない悪法だと思います。でも、この法案に反対する資格のある人が、今の日本にいったいどれだけいるんですかね?

安倍という稀代の右翼を党首に掲げた自民党なんですから、改憲にしろなんにしろ、こういう国家主義的な施策を次々に打ち出してくるのは、目に見えていたことじゃないですか。なのに、そんな安倍が率いる自民党に選挙で票を入れて圧倒的与党にしたのは、まさに「大多数の国民」なんですよ。

「こいつを首相にしたり、与党にしたりしたら、まずいことになるだろうなあ」と、明らかに見通せていたにも関わらず、アベノミクスだのなんだのと口当たりのいい言葉に惑わされて「金回りがよくなるなら、ほかのことはどうでもいいや」と、安倍自民党にここまで強い力を与えてしまったのは、ほかならぬ「国民」でしょう。ならば特定秘密保護法案なんて、そんな行いに対する天罰みたいなもんですよ。

だからといって、天罰を甘んじて受け入れる必要もないでしょう。私はこの法案には反対したほうがいいと思いますし、廃案にすべきだと思います。
ただ、ここんところは石破のおっさんと意見が同じになってしまいますが、反対するにしても、もっと冷静にやりましょうよ。ギャーギャーギャーギャー大声張り上げて「静穏を妨げるような行為」をしたってしょうがないでしょ? 国会で人の意見も聞かず、やかましいヤジで発言を妨害することばかり懸命になっている政治屋たちの姿がどれだけ見苦しいか、それがわかれば「同じレベルに落ちたくないなあ」と思えるはずです。

ま、一番見苦しいのは、人様のことをアホだのおっさんだのと平気で書いている私ですかね。ずびばせんねぇ。
でも、こんなブログなら「嫌なら読まなきゃいい」だけですが、デモでもなんでも騒音というのは「嫌なら聞かなきゃいい」とはいかないから困るんですよ。ね、石破のおっさん。

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カテゴリ:政治家・団体・デモ
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■プロフィール

Author:S.B
市民グループ「静かな街を考える会」会員S.Bのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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