スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


カテゴリ:スポンサー広告
安田成美の「はーい、気をつけまあす!」
昨夜、テレビ番組「地球絶景紀行」を見ました。
フィンランドが舞台だったのですが、夜行列車に乗るとき、ナレーションが「アナウンスもなく、とっても静かに走り出しました」。そして駅に止まるときも「アナウンスがありません。とっても静かに止まりました」

いいなあ。うらやましいなあ。私はこういう旅番組を見て、海外の静かで、よけいな看板もほとんど見当たらない駅や町並みなどが出てくると、それだけでうらやましくなり、同時に日本のあまりにもひどい「音環境」や「景観」にうんざりして、大げさでなく涙が出てしまいます。ほとんど宝塚とかジャニーズとかにあこがれるおばはんのように「ス・テ・キ(うるうる)」と涙目になってしまうのです(もちろん、こういう番組は「いいところ」だけを放送してるのはわかってますけど、それにしても日本とは違いがありすぎます)。

まあ、夜行列車なのだから、通常の列車よりもアナウンスを静かにするのは当たり前のことでしょう。私はもう15年くらい前に上野から青森までブルートレインに乗ったことがあって、そのときの「音」がどうだったかはまったく覚えていませんが、昼間の在来線と同じようなアナウンスでなかったことだけは確かです(そんなアナウンスをされたら、たまったものじゃない)。
でも、画面の雰囲気から察するに、フィンランドの夜行列車は、日本のものよりさらに静かで、快適なように見えました。本当にうらやましい限りです……。

ところで、私は北欧やカナダが舞台になるときは必ずこの番組を見ているのですが、どうにも安田成美のナレーションが耳障りで仕方ありません。
「はあーい」「ありがとうございまあーす!」「はーい、気をつけまあす!」「えー、そうなんですかあ」など、こんな言い方もなんですが、どうしてあんなにカマトトぶった声を出す必要があるんでしょう。もっと落ち着いた大人風味のナレーションにはできないのでしょうか。あれはどう考えても「女子」の出す声ですよ。

こういうことを言っている人を(少なくとも新聞の紙面では)見たことがないので書いてしまいますが、いい年をした大人のことを「女子」だの「男子」だのと言ったり、自ら「私(僕)って、いつまでも子どもなの!」とアピールしたがったりする日本人の幼稚な精神風土というのは、もう見苦しくて仕方ありません。
マスコミですら、こういう風潮について「おかしいんじゃないの」と言うことをせず、なんの疑問も持たずに「女子力」だの「なんとか男子」だのという言葉を記事にジャンジャン使っているのだから、私はちょっとどうかしてるんじゃないかと思っています。
「女子」だの「男子」だのと言っていいのは、せいぜい18歳まででしょうが。いくつになっても「子」である(ありたい)のなら、選挙権も喫煙や飲酒ができる権利も、すべて剥奪すべきでしょう。当然、結婚したりいやらしいことをしたりしている「子」は、みんな淫行で逮捕ですよ!

結局、こういう「私(僕)は、いつまでも子どもでいたいの! 回りにあれこれ指示してほしいの!」という精神が身体の奥深くまで染みついているからこそ、日本という国には「ああしろ、こうしろ」と命令するスピーカー騒音や看板が蔓延してしまうのです。逆に言えばここんところがどうにかならない限り、日本からスピーカー騒音や目障りな標語看板がなくなることは絶対にあり得ないのだから、それを考えるともう絶望するしかありません……。

あーそれからそれから、こういう旅番組で、ナレーターや出演者がカマトトぶった声を出したり、「うおー、これがあの有名ななんとかですか!」などと大声を張り上げたりするのはもちろん見苦しいし聞き苦しいのですが、同時にBGMを流しすぎるのもやめてほしい。
どんな土地にも、その土地ならではの「音」があるはずなのだらか、よけいな音楽なんか加えずに、ありのままの音をそのまま流してくれたほうが、よほどいい番組になります。
もし何も音がなく、ただ風が吹いているだけというシーンなら、その風の音が聞こえてくれば十分(無音でもまったくかまわない)。BGMを流して「わざと盛り上げよう」なんて浅はかな演出はやめてほしいですね。
ま、うっとおしいテロップばかり出しまくる地上波の旅番組より、総じてBSの番組のほうがまだ落ち着いて見られますけれども。

関連記事
スポンサーサイト
カテゴリ:騒音をめぐるあれこれ
「選挙カーが役立った人」はたった0.5%
選挙カーについて、当たり前といえば当たり前のことにあらためて気づいたのですが、公職選挙法では衆議院選挙、参議院(選挙区)選挙、地方自治体の選挙に関して、「候補者一人あたり使用できる選挙カーは1台」と決められているようです。
例外は参議院(比例区)選挙で、これは「候補者一人あたり2台」が認められているそうです。

公職選挙法
第百四十一条  次の各号に掲げる選挙においては、主として選挙運動のために使用される自動車(道路交通法 (昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第九号 に規定する自動車をいう。以下同じ。)又は船舶及び拡声機(携帯用のものを含む。以下同じ。)は、公職の候補者一人について当該各号に定めるもののほかは、使用することができない。ただし、拡声機については、個人演説会(演説を含む。)の開催中、その会場において別に一そろいを使用することを妨げるものではない。
一  衆議院(小選挙区選出)議員、参議院(選挙区選出)議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙 自動車(その構造上宣伝を主たる目的とするものを除く。次号において同じ。)一台又は船舶一隻及び拡声機一そろい
二  参議院(比例代表選出)議員の選挙 自動車二台又は船舶二隻(両者を使用する場合は通じて二)及び拡声機二そろい

本当はこのあとに、候補者が何人を超えたら選挙カーを何台まで増やすことができる、というようなことを書いた恐ろしく読みにくい条文があったりするのですが、まあ基本的にほとんどの選挙は「選挙カーは一人1台!」ということで行われているんじゃないでしょうか。
これについて思うこと。

選挙カーというものを、「あれが来ないと候補者の名前や人柄がわからない!」だの、「選挙ムードが盛り上がらないじゃないか! 投票率が下がったら民主主義の危機だ!」だの、「選挙カーで連呼をするのも政策の浸透に必要だ!」だのと言って肯定する人や政治家(やほとんどのマスコミ)がいますが、それなら、選挙期間中でも選挙カーがまったく来ない選挙の場合はどうなるんでしょうね。

例えば去年の暮れにあった東京都知事選挙では、私は一度も候補者の連呼を聞かされずに済みました。当たり前の話で、何人かの候補者が1台の車でどれだけ走ったとしても、都内全域をそんなに隅々まで回れるものじゃないからです。
でも、だからといってほかの選挙と比べて都知事選が「ムードが盛り上がらなかった」だの、「投票率が低かった」だの、「有権者に候補者の名前も人柄も政策も浸透しなかった」だのということはないはずです。実質的に選挙カーなんか使っていないのと同じ状態でも、ちゃんと選挙としては機能して成立しているわけでしょう。
だったら、いっそのこと選挙カーなんて「無用の長物」はなくしましょうよ。

これは、
http://bunkasouonn.blog.fc2.com/blog-entry-343.html
に書いたことと被るのですが、東京都の選挙管理委員会が実施した2012年の衆院選、都知事選に関する世論調査によれば、

●衆院選で候補者の選定に役立った媒体
候補者の街頭演説 8.8%
自動車からの連呼 5.2%

たったこれだけです。さらに、

●都知事選で候補者の選定に役立った媒体
候補者の街頭演説 5.4%

となっています。

私は、どうして2012年の都知事選については「自動車からの連呼」の項目がないのかなーと思いながら過去の調査結果を見てみたのですが、なんと2011年の知事選の資料にはありました。

●都知事選で候補者の選定に役立った媒体
自動車からの連呼 0.5%

……たった0.5%……これは「候補者の選定に役立った媒体」として主にあげられた18個の項目の中で、「電話による投票依頼」の0.3%に次ぐ低さです。

もちろん、「知事選では、都内全域を1台の選挙カーでくまなく走り回るなんて無理。そもそも連呼が聞こえなかったから選定にも役立たなかったんだ。これが市長選や市議会議員選挙なら、もっと『連呼が役立った割合』は増えるはずだ」という理屈も成り立つでしょう。面倒なのでいちいち地方選挙の資料までは調べませんが、そんな調査結果が出ていることは十分考えられます。

でも、都知事選で「自動車からの連呼が候補者の選定に役立った」割合がここまで低くても、選挙そのものはきちんと行われ、その結果は法的に有効であると、政治家も官僚もマスコミも市民も認識しているんでしょう(まあ裏金とかの問題は置いといて……ね)。だったらもっと狭い地域を対象にした市長選や市議選などの地方選挙であっても、「選挙カーは必須だ!」ということにはならないはずです。

確かに都知事選のような国政選挙に準じるほど注目度の高い選挙は、テレビや新聞などの報道も多くなるので、有権者が候補者の情報に接する機会も増えるでしょう。それために、選挙カーの必要性や効果が相対的に低くなるのは当然です。
でも、市長選だの市議会議員選挙だのといった選挙であっても、新聞の地域欄には候補者の情報が細かく載るし、ビラやチラシはしょっちゅう郵便受けに投げ入れられるし、有権者さえその気になれば選挙カーなんかなくたって、いくらでも候補者について知ることはできるのです。

きっと、「選挙カーうるさい」と言って、政治家や選挙制度ばかり責めていてもしょうがないんでしょう。もっと有権者が「自ら候補者の情報を取りに行く」能動的な考えを持つようになって、「選挙カーなんか来ても来なくても一緒だし必要ないよね。てゆーかそれなら来ないほうが静かでいいし」という意識を高めてくれなければ、「選挙カーがなければ選挙にならないのだ!」という考えが(官民ともに)変わることなく、いつまでたっても「選挙騒音」や「政治家の騒音」が町を汚染し続けるんでしょう。
というか、日本の選挙制度というのはもうずっと「そういう状態」であると言えるでしょう。そのことに心底うんざりしてしまいます。

そういえば、今年の夏の参議院選挙と都議選挙で、「世論調査の結果、わざわざ解禁したインターネットの選挙運動を、ほとんどの有権者が参考にしてなかった!」と、マスコミは大騒ぎしていました。
ネットの情報を有権者が思いの外、参考にしなかったのは(その数字まで確認してませんが)事実でしょうが、それを言うならマスコミは、「街頭演説は、ほとんどの有権者が参考にしてなかった(ていうかずっと前からしていない)!」、「選挙カーの連呼は、ほとんどの有権者が参考にしてなかった(ていうかずっと前からしていない)!」という、調査結果を見ればすぐにわかる今の選挙制度の問題点を、しっかり指摘するほうが先じゃないんですかね。

いくら彼らマスコミにとって「街頭演説や選挙カーの連呼は、原稿にしやすいおいしい材料、絵になるおいしい被写体」で、「選挙の候補者は大切な広告主」で、しかもその広告主が「拡声器で演説したり連呼したりするのが大好き!」な人種だからといって、事実に基づいて「街頭演説や連呼はここまで無視されています」という報道すらしないのだから、それじゃあ話になりません。

関連記事
カテゴリ:政治家・団体・デモ
測定器メーカーのすばらしいコラム
「小野測器」という騒音計や振動計など、いろいろな分野の計測器を製造しているメーカーがあるようです。
その会社のホームページに「身近な計測」という、「音」にまつわるさまざまな話題を書いたコラムが掲載されています。

http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku.html

音の科学的な分析から人間の耳の構造まで、いろんなことが書かれているのですが、この会社は作っているのが「測定器」ですから、基本的に「音というのは、もっと慎重に、繊細に扱うべきもの」という考え方を持っているようで、読んでいて大変うれしくなりました。

スピーカーなどの音響機器(特にハンドマイクや拡声器など)を作っているメーカーや、デジタルサイネージ(大型ビジョン、広告用液晶モニターなど)を作っているメーカーや広告代理店などのホームページを見ると、「もっともっと音を出そう!」「世の中をうるさくしよう!」という暴力的な言葉ばかり並んでいてうんざりするのですが、このコラムはとてもいいです。
これを読んだからといって、騒音問題を解決する直接的なヒントになるというわけでもありませんが、音っていったいなんなのかを理解したり、音に関する知識を増やしたりするには役立つかもしれません。
個人的に、「ええこと書いとるのー」と思ったコラムにリンクを貼り、一部を引用しておきます。

●集合住宅の音 その1 床衝撃音
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/floor.htm
「人は、どんな空間にいても、いつも快適な環境であって欲しいと願うんだな。特に安らぎを求める住まいにおいては 、いやな騒音のない静かな環境で暮らしたいと願うことは分かるだろ。」
「床衝撃音は、上の階と下の階の人が、100%発生する側、受音する側とに明確に切分けられるんで 、お互い様という妥協点が見出せずに、問題となりやすいんだよ。家族ならば、ちょっとの間我慢してくれとかいえるんだがね。それに、音というのは感覚的なものだから、人によって不快と感じるレベルが違うし、同じ人でも体調や気分によってどうしても左右されてしまうんでなかなかやっかいなんだ。」

●集合住宅の音 その2 空気音と固体音
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/kuuki.htm
「マンションは 、たくさんの家族が、コンクリートの床や壁、配管を共有して住んでいるわけだから、時間帯とかも気をつけて、お互いに騒音を出さない工夫をしなければいけないということだね。」

●時間マスキング2
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/masking2.htm
「音を付加するということは、それを聞きたくない人にとってみれば騒音でしかないから、慎重にデザインされるべきだけどね。」

●アナログとディジタル
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/anadigi.htm
「音の良し悪しは、人間の好みの部分が大きいから、単純に周波数やレベルでははかれないんだね。」

●音の回折
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/kaisetsu.htm
「光は、障害物があると、その裏側に光は廻りこんでこないけど、音は障害物があっても、廻りこんでくるんだよ。」

●音の設計
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/sekkei.htm
「サウンドスケープといって、音の風景って訳されるけど、視覚に風景があるように、音にも風景があるということで、その場に合った音のイメージを連想できるように設計されているんだよ。でも、街の中に自然の音が流れてもピンとこないことが多いけどね。」
「音って、身の回りにあるからあまり意識しないけど、正しい設計がなされていないと音が大きすぎたり、響きすぎたりで、本当に聞きたい音がちゃんと聞けなかったりするんだね。」

●サウンドスケープ(音の風景)
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/soundscape.htm
「これまで、自動車や飛行機の騒音も、環境の中での自然な音も、何dBといった物理量で評価してきた。おとが言うように、数値にしないと誰もが同じように評価できないからね。でも、音は空気の振動という物理的な面と、快適な音や不快な音など感覚的な面がある。他の言葉でいうと、音は人それぞれがその音に感じる意味を呈示しているとも考えられる。例えば、虫の音に秋を感じたり、水のせせらぎに清涼感を感じたり。計測して物理的な量を把握することはもちろん大切なことなんだけど、その前に、その音が、人々にどんな意味を与えているかを考えることが、今、見直されてきているんだ。」
「EUでは環境騒音による健康被害の危険性の認識をきっかけにして、2002年に環境騒音指令という騒音への取り組みの基本的な共通指針が出され、その中の一つとして人口25万人以上の地域を対象にノイズマップが作成されているんだよ。」

●ハイブリッド車の音
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/hybrid.htm
「ハイブリッドや電気自動車が多くなってきた時には、わざわざ音を出すというもなんか変な気がするなぁ。 本来は騒音が低くなって静かになることはいいことなのに...。」
「ユニバーサルデザインは、できる限り多様な人を考慮して開発・設計することなんだ。」
「報知音は、その音がもつ性状(高低、長さ、音色)で、意味というかニュアンスが連想させられるようにデザインすることが大事なんだ。 しかもどんな人が聞いてもいやな感じがしないようにね。」

●モスキートサウンド
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/mosquito.htm
「報知音のデザインは、まず 「らしさ」 に重きが置かれるんだ。 注意を喚起する音は、確認の音より、高い周波数の音が使われるし、時間的な要素も重要だね。 年齢に関係なく人が情報として十分認知できて、しかも騒音にならないための考慮がされなければならない、いわば二律背反を両立させなけれならないんだ。」

※必読
●近隣騒音
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/kinrin.htm
「音は音源の周囲に伝搬していくから、何か新しい施設や建物を作る時は、必ず騒音源として想定されるものの音のレベルを推定して、周囲に生活環境があれば、そこへの影響を環境基準やほかの騒音の目安になる数値を下回るように、設計されなければいけいない。」
「音環境設計という視点とともに、施設や建物の設計思想や意図についても、事業者から住民へ丁寧で明解な説明がなされなければならないんだ。 でも、今欠けているのは、音のレベルだけでなく、音源の意味的要素が心理面にどう影響を与えるかといった視点だと思うんだ。 数値化されないために設計と言う行為に反映されにくし、まだまだ研究をしないといけない分野だと思うけどね。」

※必読
●駅の音サイン
http://www.onosokki.co.jp/HP-WK/nakaniwa/keisoku/sound_sign.htm
「エスカレータの案内音は、駅によっては、複数のホームの案内が重なって、聞き取りにくいところもあるように思うな。」
「 "音サイン" が普及することによって、いろんな課題も見つかってきたところじゃないかな。 "音サイン" を騒音と感じて、とても気になる人だっているからね。 実はお父さんは、どちらかというと、とても気になってるんだ。 建築的にも、"音サイン"の提供の仕方も、もっと改善できるんじゃないかということも含めてね。」
「結局この類の音は、音の大きさとかではなくて、個人的な好き嫌いで騒音と感じるかどうかが決まるんだろうね。 日本は、拡声器からの音が欧米に比べるとやや氾濫気味で、都市のサウンドスケープを考えると、疑問を呈している研究者もいる。」
「音は、とても身近にあって、当たり前と思ってしまうこととか、普段気がつかないことが多いんだけど、生活の中で、様々な役割があるんだ。 なるべく多くの人が騒音と感じないで、利便性や安全性を確保できるような音のデザインを、音を提供する場と一緒に考える必要があるんだね。」

関連記事
カテゴリ:騒音をめぐるあれこれ
景観を乱し危険な「不動産屋の捨て看板」
「音」以外で最近、猛烈に腹を立てていることを書きます。景観、中でもあまりにもひどい「不動産屋の捨て看板」についてです。

日本は「音環境」が最悪なのはもちろん、景観もどうしようもないと思います。これは都市計画がどうのとか、ビルや住宅など建物のデザインがどうしたという以前の問題で、そもそも、町中にむやみやたらと看板が多すぎる。
しかも「なくてはならない情報を伝えるために、これは必要だろう」と思える道路標識や案内板ならともかく、「ひったくりに注意」だの「挨拶をしましょう」だの、誰もろくに見ないしなんの実効性もない上っ面だけの看板を、行政や警察が自らそこかしこに立てまくり、「環境」を乱しまくっているという状況は、防災無線をはじめとする「音の環境破壊」とまったく同じ図式です。
そのあたりのことは別のエントリーにも書いているので繰り返しませんが、こういう景観を乱す看板の中でも最近、以前にも増してひどくなっていると私が感じているのが、「不動産屋の捨て看板」です。

昔から日本の町は電柱や道路標識などに、サラ金や風俗、そして不動産屋の看板が「違法なのに堂々と」貼られていて、それはもう見苦しいものでした。ただ、風俗の看板やビラについては、おそらく警察の取り締まりや世間の目が厳しくなったからでしょう、ほとんど町中で見かけることはなくなりました(公衆電話ボックスも減ってしまったし)。
また、サラ金の看板も、以前と比べれば見かけることがずっと少なくなったように思います。
しかし、相変わらず、というよりますますひどくなる一方なのが不動産屋の看板。中でも近年目に付くのが、カラーコーンに案内板を貼り付けて、路上に置くタイプの看板です。
例えば、

違法看板02.jpg

こんな感じ。この手の悪質な看板は、最近になってよく見かけるようになったように思うのですが、気のせいでしょうか。
たまたま写真に撮ったのはこの1枚だけですが、ほかにも住宅地の道路上、つまり人様の家の玄関先に堂々と置いたものや、交差点の四隅のガードレールすべてにこういう案内板を針金でくくりつけて、簡単には撤去できないようにしたもの、さらにはなんと、悪びれもせず車道の上に置いたものなどもあります。
こういうカラーコーンの看板は、歩道を狭くするので人がすれ違うとき邪魔になったり、自転車で走っているときにペダルをひっかけそうになったりすることもあって、「見苦しい」というだけでなく、もはや「危険物」というレベルなのです。

そしてもちろん、従来型の電柱や道路標識に貼り付けるタイプの看板も、

違法看板01.jpg

そこかしこにベタベタベタベタと貼られています。

ここにあげた写真は比較的、うちの周囲で撮影したものですが、こんな看板がやたらに増えたと感じるのは、べつに私の家の近くだけというわけではありません。あまり気がつく人がいないのかもしれませんが(なぜなのかな?)、身の回りをよ~く見てください。一般的な住宅地であれば多くの場所で、こういう看板がそこら中の電柱や路上にベタベタ貼り付けられて(置かれて)いるはずです。

私はもう我慢の限界に達したので、これらの写真を持って最寄りの交番に行き、「あまりにもひどいですよ。なんとかしましょうよ」と話をしました。対応した警官は「もちろん、これは軽犯罪法違反ですから、住民から相談があれば業者に『はがしなさい』と連絡したり、パトロール中に見かけたら撤去したりしています。ただ、この手の看板すべてに対応するのも、難しいんですよ」とのこと。
もちろん、難しいことはわかります。だって、こういう違法な看板の問題に関わっていたら、それだけで交番の業務が一日終わってしまうと言えるくらい、ベタベタベタベタそこら中に貼られているのが現状なのですから。

私は交番に行った後は警視庁の相談ダイヤルにも電話をして、同じように「最近、不動産の違法看板があまりにもひどすぎます。抜本的な対策をお願いします」と話しておきました(正確には、相談ダイヤルに電話をしたら「取り締まりの要望は広報課公聴係へ」と言われてかけ直したのですが)。

で、その数日後(日曜日の夕方)。これらの看板を撮影したのとは逆方向の住宅地を自転車で走っていると、道ばたの電柱すべてに別の不動産屋の看板がベタベタ貼り付けられていて、またもやブチ切れ。すぐ横を見ると、明らかにその看板の行き先である建売住宅の前に不動産屋の社員がいたので、私は自転車を止めて「あの看板はどういうことですか。違法なことはわかってますよね。私は自分が住んでいる町の景観をあんなもので汚されると我慢できないので、すぐに撤去してください」と言いました。

するとその不動産屋は、「すみません。あの看板は見学日にしている土日だけ貼っているので、もう、すぐにはがして帰ります」と返事をしました。
この人はわりあい低姿勢だったので(私が懐柔されただけ?)、せっかくだからと思っていろいろ話を聞いてみると、まあ、一口に不動産屋と言ってもやることは様々なようです。この業者のように物件の見学日の朝に看板を貼って、その日、帰るときにははがしていくタイプや、一度貼ったら何週間も何カ月も貼りっぱなしにするタイプ。最もひどいタイプでは、物件の売り出しが終わってもはがさず、完全に放置していく業者もいるとのこと。まあ、そのあたりは実感で想像がついていたことですが……。

そんな中、先日は、私の知り合いでマンションに住んでいる人が、「いつの間にかマンションの敷地内の電柱に、不動産屋が看板を貼っていた。長年住んでるけど、こんな勝手なことをされたのは初めてだ!」と激怒していました。やっぱり、不動産屋の「なりふりかまわぬ違法看板貼りまくり行為」は、ますますひどくなってるんじゃないのかなあ。

そう思って調べてみると、東京都都市整備局というところが毎年、都内の自治体や警察と「捨て看板等の共同除却キャンペーン」というものを実施していることを知りました。その内容について、あまり詳しいことはわからなかったのですが、この記事によると、

http://japan.techinsight.jp/2011/11/szk1111160455.html

平成23年に実施したキャンペーンで、除却した貼り紙や看板などは5732枚。そのうち、実に88.7%にあたる5082枚が不動産業のものだったそうです。金融業の看板が平成21年から2.8%→1.6%→0.3%、風俗営業の看板が7.5%→7.9%→4.2%と、その割合を減らしつつあるのに、不動産業の看板だけは84%→81.9%→88.7%なのですから、これは完全に高止まり、というか増えていると判断してもよさそうな状況です。

また、肝心の東京都都市整備局のサイトを見ると、

http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/08/20n8f100.htm

平成24年には、約7500枚の捨て看板等の違反広告物を除却したそうです。ここでは業種別内訳などの情報がわからないのですが、なんと前年と比べて2000枚近くも除却した違法看板が増えているということです。サラ金や風俗の看板が明らかに減少傾向にある(しかも絶対数が少ない)ことを見れば、この増えた分はまるごと、不動産屋の看板と考えていいんじゃないか。私の実感としてはそうとしか思えません。

願わくば、上記の知り合いのように「マンションという私有地の中に看板を貼られたから」と怒るのではなく、一人でも多くの人が「私有地であろうがなかろうが、電柱や路上に勝手に看板を貼ったり、置いたりすること自体が違法であり、景観を乱す行為なのだ」という理由で怒ってほしい。そして、せめて、自分の家の前や店の前などにこんな貼り紙をされていたら、見つけ次第はがすくらいのことはしてほしい。
貼り紙じゃなくカラーコーンを置かれたら、撤去するのは面倒(置き場所や捨て方に困りますし)でしょうが、そのときは業者に言って「勝手なことをするな」と持ち帰らせるか、自治体や警察に連絡すればいいだけです。
私自身は、家の周囲の電柱や道路標識に貼られた看板は、できるだけはがして家に持ち帰り、そのままゴミとして出します。また、カラーコーンの場合は自治体に「撤去をお願いします」と連絡したことが何度かあります。そう言えば自治体は撤去してくれるんです。

私は、こんな看板ばかり目につく住宅地を通るたびに、「なぜ、みんなこの状況のひどさに気づかないんだろう。どうして自分の家の前にこんなものを貼られて(置かれて)、平気でいられるんだろう」と不思議に思うばかりです。
「うちの敷地じゃないもんね」と思わずに、誰に言われなくても家の前を掃除する人はたくさんいるのだから、そのとき、電柱にこういう看板が貼り付けられていたら、さっさとはがしてしまいませんか。

今のところ、根本的にこの問題を解決しようと思っても、自治体や警察は頼りになりません。
先に挙げた記事には「都は2001年に全国に先駆けて屋外広告物条例を改定し、『発見、即撤去』を初めて明文化した。都は今後も、都民や関係団体等と連携して違反広告物の取り締まりを進めていきたいとしている。」と書いてあったりするのですが、それを読んでも正直なところ「行政は、いったいどこまで本気で取り組んでるんだろう」と疑問に思うだけです。キャンペーンの協力団体には「東京都宅地建物取引業協会」「全日本不動産協会東京都本部」などというところが入ってたりしますが、本当に不動産業界に自浄能力があるのなら、ここまでひどい状況にはなっていないだろうと思います。

そもそも、繁華街の大型ビジョンやアドカーなど、明らかに「屋外広告物条例」や「環境確保条例」に違反している広告を一切取り締まろうとせず、いつまでも野放しにし続けているのは都や区などの自治体自身です。そういう日本人の「環境」に対する鈍感さを身に染みて味わわされている私には、自治体や不動産業界がどこまで本気で、違法看板の問題に取り組むつもりがあるのかなり疑問なのですが、それでも、こんなことは私人がどうこうできる問題ではありません。最終的には自治体や警察などに「目を覚まして」頑張ってもらうしかないのですから、そのための働きかけだけは、できる限りしてみるつもりです。

同じようなことを考えている人たちなのか、この「不動産屋の違法看板問題」に特化したブログを見つけたので、最後にリンクを貼っておきます。

違法な不動産業者の屋外広告撲滅ブログby維新太郎
http://ameblo.jp/ishintaro/

【悪質業者】電柱に貼られた不動産広告をモレなく晒すblog
http://takkenchan.blog.fc2.com/

カオリフェさんのサイト
http://town.zaq.ne.jp/u/bubfs804

あ、それから「カラーコーンタイプ」の看板と言えば、コンビニも最近、あまりにもひどくないでしょうか。
例えば、これ。

違法看板04.jpg

特に郊外では、駐車場を広く取ったコンビニが増えたので、なんとか車を誘導してやろうと、こんなふうに堂々と敷地の外、歩道の上に誘導看板を置いた店が目に付きます(なんと、これを車道の上に置いた店も見たことがある。やっぱりファミリーマートでしたが)。
こんな看板は明らかに違法だし、置き方によっては歩行者の邪魔、自転車の邪魔になって危険なのに、一向に取り締まりの対象にならないのはなぜなのでしょう。
コンビニ業界には、「コンプライアンス」という言葉がないんでしょうか。

関連記事
カテゴリ:景観
人の生活を「豚」扱いする共産党
今朝、目が覚めたとたんに、どこからかうっすらと、スピーカーからがなり立てる声が聞こえてきました。「なんだろう、なんだろう」とびくびくしていたら、やって来たのはやっぱり拡声器を載せた車。ボディには何も書いていないようで、どこの車かよくわからないのですが、「特定秘密保護法案に反対!」みたいなことを喚きながら街宣していたので、これは間違いなく共産党か、あるいは共産党の関連団体でしょう。

勘弁してくれ。本当に勘弁してくれ。もう、辛くて辛くてどうしようもないです。涙が出ちゃう。

特定秘密保護法案の内容がどうだとか、そんなことはこのブログのテーマから外れるので、個人的に思うことはありますが何も書きません。
ただし、この法案に賛成だろうが反対だろうが、頼むからそのために住宅地で街宣し、大音量の騒音で一人ひとりの生活の邪魔をして、迷惑をかけることはやめてくれないか。どうして政治家、特に共産党というのは、こんなデリカシーのかけらもないことをして、平気な顔でいられるんだろう。

「特定秘密保護法案が成立したら、国民の生活がとんでもないことになるんですよ!」
ああ、そうですか。そうかもしれませんね。
でもその前に、私の生活は共産党の街宣活動のせいで、無茶苦茶にさせられっぱなしです。今回の街宣だけでなく、このブログにはそのすべてを書いてないけれども、共産党系の街宣は日頃から本当にひどいものだからです。

選挙になればあらゆる政党、政治家が町中を選挙カーで走り回りますし、駅前などで「辻立ち」と称して、日頃からはた迷惑な街頭演説をしているのも、あらゆる政治家がやっていることです(駅前に住んでいる人は、なぜ「うるさい!」と声を上げないのでしょう?)。
しかし、選挙でもないのに住宅地を街宣車で走り回り、何かあるたびに騒音で人の生活を踏みにじるような活動を平気でしているのは、ほぼ共産党やその関連団体だけです。
私にとっては、そんな野蛮な行為をしないだけでも、共産党より他の政党のほうがよほど「まし」ですね。

特定秘密保護法案に反対するのは結構。でも、そのことを人に訴えたいのなら、どこか屋内施設やだだっ広い公園で集会でもやればいいじゃないか。
実際、共産党は日比谷公園でこの法案に対する反対集会を開いたようですが、そういうやり方で運動しているなら、それでいいじゃないか。人に迷惑をかけない場所で気勢を上げるぶんには「やめろ」などと言いませんよ。あとは国会でしっかりと論争をする。それが国会議員のやるべきことじゃないのか?

私は、昨日から風邪気味で、お腹が痛くて頭も痛くてしょうがないのです。それを我慢しながら仕事をしようと思った矢先に、共産党の騒音ですべてを無茶苦茶にされてしまいました。具合も悪くなる一方です。

私が風邪を引いてしまったのはたまたまですが、病気になって寝込んでいる人、夜勤で昼間は睡眠をとりたい人、老人の介護や赤ん坊の世話で必死な思いをしている人、勉強中の学生、テレビでも見ながらゆっくりお茶を飲もうと思っていた人などなど……。世の中というのはさまざまな顔で、その瞬間、さまざまな生活をしている人で成り立っているものでしょう。しかし住宅地で喚き散らすスピーカー騒音というのは、そんな人それぞれの生活を無視して、一方的に自分の考えを押しつけてくる「暴力」でしかないのです。その典型がこの共産党の街宣車だったり、防災無線だったり、廃品回収車や移動販売車の騒音だったりします。

共産党は、今回の件に限らず何かあるとすぐに「茶番だ!」「まやかしだ!」などと叫ぶのが大好きですが、私に言わせれば「人間」一人ひとりの顔を見ず、まるで豚小屋に閉じ込めた豚に「ほら、食え!」と無理やりエサでも流し込むかのようにスピーカー騒音を押しつける彼らのやり方こそ、とんでもない「茶番」であり「まやかし」です(それは共産党に限らずすべての政党、政治家が同じですけれども)。
いったい、「一人ひとりの地道な生活」と「●●に反対!(賛成!)」などと大言壮語する「言論」で、言論のほうが尊く優先されるべきだ、そのためには騒音で人の生活を踏みにじってもかまわないんだ、などということを、誰に決める権利があるというのでしょうか?
個人の生活を尊重しないあらゆる「言論」に価値などありはしない。スピーカー騒音について考えれば考えるほど、私はそう思います。

この共産党の街宣車が今日一日で、あと何回来るのかわかりません。今日どころか、何日、何週間続くのかすらわかりません。突然、現れたこんな「騒音」に、いつまで悩まされればいいのでしょう。
これから毎日、「いつ、あの騒音が来るんだろう」と怯えながら暮らすのはまっぴらです。

関連記事
カテゴリ:政治家・団体・デモ
TOP PAGE

 前のページ>>

 
■パンくずリスト

TOP PAGE  >  2013年11月

■プロフィール

Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

■最新記事
■カテゴリ
■月別アーカイブ

■全記事表示リンク
■ブログ内検索

■会員の著書
■リンク
■RSSフィード
■QRコード

QR

■アクセスカウンター

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。