「車が出ます!」わかった、しつこいよ!
車関係のアナウンス騒音といえば、商業施設などの駐車場から車が出てくるときに聞かされる「出庫の案内音」。これにも、うるさいものがあります。
まあ、ほかの騒音に比べれば(個人的には)それほど遭遇する頻度が高いわけじゃないので、このブログで取り上げるのも初めてですが。

例えば、西武新宿線田無駅前にある商業ビル「アスタ」の出庫案内音がこれです。
「アスタ」出庫案内音
うるさい、というより非常にけたたましい。
私はここの前を通るたびに耳をふさぎたくなるし、「何度も何度も同じことばかり繰り返してしつこい! 機械に命令されるいわれはないわ!」と猛烈に腹が立ちます。
「車が出ます」まではまあいいとして、「ご注意ください!」の連呼が特に不愉快ですね。「左に曲がります、ご注意ください」と同じで、「注意すべきは歩行者じゃなくドライバーのほうだろうが!」と怒りが湧いてくるし、こんな偉そうな「命令」を何度も繰り返されるとイライラが沸点に達します。

私は、本当は駐車場の出口から音なんか鳴らしてほしくない。せいぜいパトカーの赤色灯のような回転灯を回すだけにしてほしいと思うのですが(実際、黄色い回転灯を回すだけの駐車場も多い)、町中によくある月極駐車場のような見通しのよい駐車場ならともかく、大型ビルや商業施設のように車が上階から降りてきたり、地下から上がってきたりする駐車場の場合、両側を壁に挟まれていて左右が見通せないケースが多いから、回転灯に加え音でも歩行者に車が出ることを知らせるのはしょうがないのかなと思います。特に視覚障害者には音による案内が必要になるのも理解できます。

では、どんな案内音ならましなのか。
個人的にはできるだけ低音の、絞った音量で「ウー、ウー」というようなサイレンを鳴らすだけにするのが、一番いいのではないかと思います。
もちろん、あまり低音にしたり音量を絞ったりすると「案内音」として役に立たなくなるという理屈もわかるので、具体的にこんな音なら適切だと決めつけるのは難しいのですが……。
ただ、やはりこのアスタの案内音のように、音声でしつこく、けたたましく「ご注意ください! ご注意ください! ご注意ください!」と連呼されるのは無性に癇に触りますね。やめてほしいです。

付け加えるならば、このアスタの駐車場は出口に誘導員がいて、「車が出ます!」と案内をしているのにもかかわらず、同時にこの案内音まで鳴らしているので「しつこさ」もひとしおです(誘導員は見るたびにいたり、いなかったりするのですが)。
誘導員がいるときは案内音を切る。誘導員がいない時間は案内音のスイッチを入れる。そんなふうに人手で案内するか機械で案内音を鳴らすか、どちらか一つにすれば十分だろうと思うのですが、なぜこんな無駄なことをしているのか理解に苦しみます。
ま、それは日本人特有の「人様を子ども扱いするのが大好き」な嗜好や、「何がなんでも100%危険を防止しなければならないのだ!」という行き過ぎた完全主義(それなら、車なんてそもそも「走る凶器」なんだから使用を禁止すればいい)によるものなんでしょう。
こんな案内音一つとっても、日本というのは本当に「ガキ帝国」なんだなあと思います。

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店員が私語をしてもいいじゃないか
私が不思議に思うことの一つに、日本人は飲食店やスーパー、コンビニなどの店舗で、店員同士が私語をしていると猛烈に腹を立てるという点があります。
腹を立てるといっても、その場で「おしゃべりなんかするな!」と言うのではなく、あとからネットやスーパーの「お客様ご意見箱」などに、恨みがましく「今日、どこそこの店で店員同士がおしゃべりをしていた。とっても不愉快!」「もっと真面目に仕事をしろ!」などと書き込む人が多いようです(ま、私も「店がうるさい!」としつこく書き込んでいるのですから、そういう意味では人のことは言えませんが)。

実は、私はこうして「店がうるさい!」と言い続けてますが、店員の私語については「店員同士がおしゃべりをして、なぜ悪いんだ?」と思っています。
もちろん、とてつもない大声を張り上げたり、周囲の雰囲気を乱したりするほどの勢いでおしゃべりをしたり(これは「うるさい!」に通ずる)、話に夢中になりすぎて接客をおろそかにしたりするのは論外ですが、そうではなく、余裕のあるときに声の大きさやテンションなどが常識的なおしゃべりをしても、接客さえ問題なくやってくれれば別にいいじゃないですか。
それなのに、「おしゃべりをするな!」と言いたがる人は、理由もなく「とにかく店員に私語をされるのが嫌だ! 不愉快だ!」と感じているように思います。

私は「人間が2人以上いれば、会話が生まれるのは当たり前」としか思いません。それがスーパーのレジでも、飲食店のカウンターでも同じこと。私語があったっていいじゃないですか。
繰り返しますが、そのせいで接客をいいがげんにされたとか、飲食物に唾が飛んで汚かったとか、そういう実害さえなければ、人間のいるところにおしゃべりがあるのは当然です。むしろ「仕事中は絶対に私語をするな! 機械のように黙って働け!」などと、経営者でもないのに要求するほうがおかしいと思います。
いったいなぜ、こんなことに不快感を覚えたり、おかしな要求をしたりする人ばかりなんでしょう?

まあ、だいたい理由はわかります。
一つは要するに、日本人の仕事に対する行き過ぎた勤勉さ。というより「融通のきかなさ」によるものでしょう。何も実害がないにもかかわらず、「仕事中は機械のように黙って働くべきだ! それが美徳だ!」そんなふうに思い込んでいる人間ばかりだということです。
ただ私語をしている店員がいただけで、「仕事に真剣さが足りないんじゃないですか!」などと、自分が雇っているわけでもないのに「もっと真面目に仕事をしろ!」と怒り、要求する人ばかり(「ご意見」には、ほとんどの場合こう書かれている)というのが、それを表していると思います。

もう一つは、公の場で個人が声を発することを徹底的に嫌い、あらゆる意味で「お上」の声に頼り切る日本人の性質が、こんなところにも表れているということ。これは店舗に限らず、駅でもどこでも同じです。

店員がちょっとでもおしゃべりをすると「うるさい!」「不愉快だ!」と騒ぎ立てるくせに、スピーカーから(機械を通した「お上の声」として)「ああしろ、こうしろ」「あれを買え、これを見ろ」と、おせっかいな放送を浴びせかけられることには、なんの苦痛も感じない。
そうやって「自分をなくし、指示された通りに動く(実際に動かないにしろ、指示され続けることになんの疑問も抱かない)」ことが体の芯まで行動原理になり、喜びになってしまっている大多数の日本人は、そこに割り込んでくる他人の私語という「生の声」が、たとえ実害がなくても「うるさい、不愉快だ!」と感じるのでしょう。
私のように、「私語なんか全然気にならない。スピーカーからの押しつけ放送(あるいは、決まり切ったマニュアル接客言葉や絶叫連呼)のほうがよほど不快だ」という人間とは、まるで正反対の感受性です。

店員の私語とスピーカー音(やマニュアル言葉、絶叫連呼)の、どちらが本当に不愉快ですかね?
「店員はおしゃべりをするな!」などと騒ぎ立てる人には、一度でいいから考えてみてほしいものです。
私はコンビニで「イラッシャイマセコンニチファータダイマヒキタテノコーヒーヲゴヨウイシテオリマスゼヒゴリヨウクダサアアアーーイ」などと無表情に連呼されるより、店員同士が「昨日のテスト、やべえんだよな」「マジかよ」などと私的なおしゃべりでもしているほうが、よほど「人間らしい」と思いますけどね。

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共産党は指定暴力団にすべき
ようやく都議選と参院選が終わったというのに、先日、共産党がうちの近く(おそらく商店街)で大音量の演説をしました。

こいつらは、都議選と参院選で「躍進」してしまったようですが、そのお礼参りのつもりでしょうか。
もちろん、本来の意味(いい意味)でのお礼参りではありません。
人の家のドアをぶち破り、火をつけたダイナマイトを投げ込むような、ヤクザまがいのお礼参りです。
神経を使って仕事をしていた私は、イライラしながら「うちの近くまで寄ってきたらどうしよう」とビクビク(結局、来ることはありませんでしたが)。まったく仕事にならなくなりました。

こんな音の暴力を平気で振るう政党が「躍進」してしまうのですから、どうしようもない。
右も左も政策も関係ありません。「国民の生活を大事にします」などとうたうくせに、自ら率先して演説騒音で人様の生活を破壊して平気な党が「躍進」してしまうのですから、本当にどうしようもないと思います。

ヤクザ政党・共産党。
指定暴力団に指定すべきだと思います。

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信号の音は「キツツキ」にしてほしい
このブログでほとんど取り上げていないスピーカー騒音の一つに、「信号の案内音」があります。
唯一、「武蔵野市は防災無線(だけ)は静か」
http://bunkasouonn.blog.fc2.com/blog-entry-81.html
というエントリーで、吉祥寺駅横の信号から流れる「信号が青になりました。左右をよく見て渡りましょう」というおせっかい放送に苦言を呈しているだけです。

あまり書いていない理由は、どうも信号の案内音に関しては、東京は比較的ましなのかもしれないから。
私が以前住んでいた地方都市では、中心部の信号がたいてい「ピヨ、ピヨ、ピヨ」という鳥の鳴き声か、「とおりゃんせ」の音楽を大音量で流していてうるさかったのですが、東京の場合、案内音が流れている信号は多いものの(信号の絶対数も多いのだから当然ですが)全体的に音量が小さめで、「聞かないように聞かないように」と思いながら別のことを考えていれば、なんとか無視できる場合が多いからです(少なくとも私の場合は)。それに、信号から大音量で案内音が流れるような都心の繁華街にはあまり行かないし。

もちろん、そんな中でも「うるせえなあ!」と思う信号はいくつもあります。
上記の吉祥寺の信号では「うるさい」プラス「こちとら子どもじゃねえんだ!」という怒りがわいてきますし、ほかにぱっと思いつくところでは、高田馬場の早稲田通りと明治通りの交差点では、ものすごく大きな音で「ピヨ、ピヨ、ピヨ」と鳥の鳴き声が流れていたような気がします。内堀通りの気象庁前交差点では、確か大音量で「とおりゃんせ」か何かの音楽が流れていて、耳をふさぎたくなったのを覚えています。

信号から案内音を流すというのは、視覚障害者のためでしょう。目が見えない人のために音で信号の場所を教えようという、その必要性は否定しません。
しかし、(これはどんなスピーカー騒音についても同じなのですが)その音が「ピヨ、ピヨ、ピヨ」という人工的で不自然な鳥の鳴き声や、「とおりゃんせ」などの音楽である必要はない。案内音を流すなら、できるだけ意味のない単純な音にしてくれよというのが私(や本会)の基本的な考えです。

聞くところによると、ヨーロッパで信号から流す案内音で多いのは、「コツ、コツ、コツ」という、キツツキが木をつついているような音(を、もっとゆっくりしたテンポで低音にしたもの)だそうです。確かにこれなら、甲高い鳥の鳴き声や音楽などと違い、音そのものに過剰な「意味」がないので、音量さえ適切であればあまり気にならないと思います。

私は決して、ヨーロッパのやり方ならなんでも最高! とか、何かにつけ「おフランスではあ~」なんて言うような欧州主義者ではありません(だいたい、ヨーロッパなんて行ったこともない)が、こういうシンプルな音を流せば十分に用が足りるはずなのに、いちいち鳥の鳴き声を流したり音楽を流したりといった「過剰なこと」をしなければ気がすまない日本人って、いったいなんなんだろうと思います。
特に吉祥寺のように「左右をよく見て渡りましょう」なんて、信号を渡る人間を一律に幼稚園児のように扱う案内音は論外としか言いようがありません。あの信号を平気な顔をして渡っている人を見ると、「ああ、この人たちは、ここまで子ども扱いされても恥ずかしくないんだなあ。なぜなんだろう」という疑問ばかり浮かびます。

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ここが改札口です!ここが切符売り場です!
今日も今日とて……。

・東京メトロ東西線の車内アナウンス
「ただいま、冷房と送風をしております」
……。
前にも似たようなことを書きましたが、このアナウンスの意味することは、いったいなんなのでしょうか?
「冷房と送風をしている」って、いちいちアナウンスで伝えなきゃいけないことなのか?
それとも、「冷房や送風をしてるかしていないか言葉で言って! だって言ってくれなきゃ自分が寒いか暑いかわからないもん!」なんてアホな要求をする乗客が、日本にはたくさんいるのでしょうか?(ま、いてもおかしくはないわな)
この先にあるのは、「ただいま、この列車では冷房と送風をしております。寒いと感じるお客様はお風邪など召しませんよう、上着をはおるなどして寒さをやわらげてくださるようお願いいたします。お暑いお客様は、上着を脱いだり扇子であおいだりすれば多少涼しくなりますので、申し訳ございませんが今しばらくのご辛抱をお願い申し上げます」なんて感じの、究極の幼児放送でしょうか。

・九段下駅のアナウンス
半蔵門線の改札口では、天井からスピーカーの自動放送で「ここは半蔵門線の改札口です!」「ここは半蔵門線の改札口です!」「ここは半蔵門線の改札口です!」と大音量で流すようになっていました。
また東西線の切符売り場では、目の前にわざわざ駅員(腕章は警備員になってましたが)が立ち、ハンドマイクで「ここは東西線の切符売り場です!」「ここは東西線の切符売り場です!」「ここは東西線の切符売り場です!」
……。
おそらく、しばらく前に都営新宿線と半蔵門線の壁が取り払われ、乗り換えの道順が変わったことが影響しているのでしょうが、だからといって、いちいち改札口や切符売り場で「ここは●●線の改札口(切符売り場)です!」と絶叫する必要があるんでしょうか。
もし「この放送がなければ乗客がまごついて、それはもうとてつもない大混乱が起きるんだ!」と言うのなら、少なくとも乗り換えのある駅では常に「改札口はここです!」「切符売り場はここです!」と流さなければ大混乱するということになってしまいます。
別に改札口や切符売り場の位置そのものががらりと変わったわけじゃないのだから、こんな絶叫、いらないだろう(いちいち理屈を書くのは面倒なのでやめますが「毎日、九段下駅を利用している乗客」「たまに九段下を利用する乗客」「初めて九段下を利用した乗客」いずれが相手でも、こんなアナウンスは不要だと思います。)。

特に半蔵門線の改札口のほうは、非常に甲高い声による大音量のエンドレスアナウンスでとても耐え難い。
改札を通るたびにあんなけたたましいアナウンスを聞かされるのなら、今後は「九段下で半蔵門線に乗る」(あるいは半蔵門線に乗り九段下で降りる)ルートは避けるしかありません。

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カテゴリ:駅・車内
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Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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