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なぜ、どうして「大声」=「元気」?
「大声」=「元気」というわけのわからない考え方は、別のエントリーに書いた「中央フラワー」のような小売店や企業だけでなく、日本の社会そのものに深く根付いている信仰のようなものですから、今さらそこから「解脱」させるのは無理かもしれません。
現に中央フラワーの社員いわく、「大声を出さないでいると、お客様から『今日は元気がないね』などと言われることもある」のだそうです。また、これまでに私のように「呼び込みがうるさい」という苦情を言った人間がいるかどうかを聞いたところ、「何人かはいらっしゃったかもしれませんが……」と、ほとんどいないに等しいのが現実のようでした。

そんなふうに「大声を出したい人」と「大声を聞かされてうれしい人(聞かされてもなんとも思わない人、迷惑だと思っていても苦情一つ言わない人)」との間で、騒音社会を成り立たせる共犯関係が完全にできあがってしまっているのですから始末におえません。
ネットのある掲示板で、私がよく利用するスーパーの中では、比較的店内が静かで買い物がしやすい店について、「活気がなくてさみしいです!」などと意見している書き込みを見たことがあるのですが、それが「大声(騒音)」=「元気」というバカげた、子供じみた考え方の典型例だと思います。

さらにいえば、中央フラワーの「大声を張り上げているのは、店が元気であることを、お客様に知っていただくため」という返事もおためごかしでしかないのは明らかで、要は「大声で客を呼び込み、『売り上げを伸ばすため』にやっているのです」という本音をハッキリ言えばいいのにそう言おうとはしない。
まあ、そんな例は「地球環境を守るためにレジ袋の削減を」などと、建前だけのアホらしいことばかり言っているスーパー(そしてその建前を信用している消費者)をはじめ枚挙にいとまがないので、今さらどうのこうの言ってもしょうがないことなのですが。

この中央フラワーだけでなく、西武線の駅では「銀座コージーコーナー(ケーキ)」「道頓堀くくる(たこ焼き)」「神戸屋(パン屋)」などの呼び込みが、やかましくてしょうがありません(まあ、それでも他の鉄道会社に比べればマシかもしれませんが)。
ここ数カ月、これらの騒音について店舗や駅、西武鉄道のお客様相談室、あるいは今回のように本社に直接電話をしたりして苦情を言い続けているのですが、結果としてはいずれも「前よりほんの少しマシになった」程度で、目立った変化はありません。
中央フラワーの社員も「店舗を視察して、大声がひどいようなら考慮します」と言ってましたが、その「考慮」した結果が「多少マシになった程度」なのですからむなしいものです。

中央フラワーのホームページには、代表取締役の言葉として「お客様が買いやすい花屋・お客様に優しい花屋を目指しています。」などと書いてあるのですが、そもそも「買いやすい」だの「優しい」だのというのは、具体的に何を意味しているんでしょうか。
駅を歩く通行人に無差別に、強制的に絶叫呼び込みを聞かせて聴覚を攻撃することが「優しい」というのなら、それはそれはユニークな考え方だなあと思いますが、そんな考えを私はたとえこれから1000年生きても理解できそうにありません。

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カテゴリ:店・施設・商店街
「中央フラワー」絶叫呼び込みへの苦情その2
中央フラワーの絶叫呼び込み。
苦情を言った結果、4~5人ほどの店員が絶え間なく叫び続けているという状況から、1~2人の店員が少し声量を落として呼び込みをするようになった。
一度はその程度の変化があったのですが、結局は何も変わりません。今日、通りがかったところ、また以前と同じ状況に戻っていました。
駅の入口が、耳をつんざく阿鼻叫喚の絶叫地獄と化しています。

「元気」=「大声!」「絶叫!」「叫ぶこと!」
こんな考えしか持てない子どもに、「大人になってくれ」と言っても無駄だったようです。

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カテゴリ:店・施設・商店街
丸ノ内線の騒音にブチ切れ寸前
さきほど、東京メトロにアナウンスについて苦情の電話を入れました。昨日、久しぶりに丸ノ内線に乗って、あまりのうるささにブチ切れる寸前まで追い込まれたからです。

JRも私鉄もうるさいですが、メトロはちょっと飛び抜けてうるさ過ぎます。特に日頃、私がよく乗っている(乗らざるを得ない)東西線はやかましく、私は耳栓をしてさらにその上から耳を手で鬱ぎ、歯を食いしばって耐えながら乗っているのですが、丸ノ内線は駅のホームが小さくて音が反響しやすいのに、東西線よりさらに大音量でアナウンスを流し、しかもほとんど(全部?)の駅でブザーではなくけたたましい発車メロディーを使っていることもあって、やかましさが極端にひどいです。
車内アナウンスも丸ノ内線は東西線より大音量でしつこいですが、どうも車掌のいないワンマン運転の路線ほど車内アナウンスが大音量になる傾向にあるのではないでしょうか。南北線などもそういうイメージがあります。
自分たちで勝手に職員(車掌)を減らしておいて、マイナスになる安全面を確保するため(?)大音量の騒音放送を乗客に押しつけるというのは、どういうつもりなのか。
しかも、実際には大音量で放送をしたからといって安全になるわけでもなんでもなく、ただやかましくて不快な車内になるだけなのですから、やっていることがおかしすぎるのです。

電話に対応した職員は、アナウンスがうるさいという苦情は「多く」いただいていると言ってました。東京メトロに電話をしたり、駅で苦情を言ったりするのは何度目かですが、うるさいという声を「多く」いただいているという返事は初めて聞いたような気がします(本当にそういう人が「多く」いるんでしょうか。いたら返事がほしいです。何もリアクションがないのでまったく実感がわきません)。
が、同時に「もっと放送しろ」という要望も「多く」いただいているので、うるさく、しつこく放送するのはやむを得ないのです――みたいなことを言ってました。

頼むから「もっと放送しろ」などと言うアホは別の車両に隔離して、やかましい「騒音車」と静かな「静穏車」に分けてもらえないですかね。
なんでもかんでも「ご注意」「指示」「命令」をされなければ気が済まないアナウンス大好き人間は、どうぞ「騒音車」に乗って好きなだけ聞いてください。
そうすれば、そんな放送は聞きたくない私のような乗客は、少なくとも車内だけでも静かに過ごすことができます。

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カテゴリ:駅・車内
千代田区の防災無線
千代田区は、昔から「こちらは防災千代田です」で始まる独特の防災無線を流しています(千代田区の会社に勤めていたこともあるので、そのときは毎日聞かされていました)。
この「防災千代田」というのが、どう耳をすませても「防災広場」と聞こえるので、実は「防災千代田」と言っているのだと知った人は、間違いなく「ええっ、マジすか?」と驚いて飲んでいたコーヒーを吹き出すというのが、千代田区ならではの風物詩の一つです。

コーヒー云々は冗談半分ですが、「千代田」という簡単な単語すら正確に伝えられていないのは事実ですから、防災無線というものがいかに情報伝達力の劣ったメディアか、これだけでもよくわかります。

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カテゴリ:防災無線・広報車・夜回り
「中央フラワー」絶叫呼び込みへの苦情その1
先日、西武線沿線を中心に展開している花屋「中央フラワー」の本社に、苦情の電話を入れました。
この花屋はちょっと覚えていないほど昔から、西武線の駅構内に出店している店舗で、1日中大絶叫の呼び込みを繰り返しています。駅の構内(通路)で大声を張り上げる店としては、かなり古くからある店舗の一つでしょう。この絶叫呼び込みが、いいかげん我慢の限界に達してきたからです。

●人様の目の前で、耳をふさいでも耐えられないほどの大声を張り上げるのは、失礼な行為だと思わないか。特に駅の構内(通路)というのは公共性の高い場所であるのだから、店舗の中で絶叫するよりさらに迷惑。「大声を張り上げれば売り上げが伸びる」などと考えるのは勝手だが、そのために電車に乗る目的で店の前を通っている(通らざるを得ない)通行人に向かって無差別に、無理やり絶叫を聞かせるなど迷惑行為以外の何ものでもない。大声を張り上げなくても、「そこに花屋がある」ことは前を通る人間なら誰でもわかるのだから、もっと静かに商売をしてくれないか。

という苦情を伝えました。

電話に対応したのは総務で仕事をしているという社員でした。
その社員によれば、店に対する苦情や要望の電話があれば、同社の代表取締役が直接応対することにしているのだが、そのときはたまたま外出中のため、自分が応対するとのことでした。それは嘘ではなさそうでしたし、また、苦情を言われて逆ギレしたり、「貴重なご意見をいただき今後の参考にさせていただきます」などと、ひたすら木で鼻をくくった対応を繰り返したりするのではなく、ちゃんと人の話を聞くまともな応対だったことについては、それなりに良い印象を受けました。

しかし、こちらの苦情を真の意味で理解してもらえたかどうかというと、また話が別です。
その社員によれば、
●店舗の呼び込みは本社からの指示ではなく、店舗ごとの判断でやっている
●店員が大声を張り上げている理由は「店が元気であることを、お客様に知っていただくため」
だそうなのですが、後者の理由そのものが、もう笑ってしまうしかありません。

この「中央フラワー」に限らないのですが、なぜ「大声を張り上げる」ことが「元気のアピール」につながるなどと思っているのか。その考えが私にはまったく理解できません。
「大声を張り上げる」ことが「元気な証拠」というのは子ども、しかも小学生以下の幼児や赤ん坊になら当てはめてもいいかもしれませんが、いい年をした大人が「元気なことをアピールするため大声を張り上げよう!」などと考えていて、恥ずかしくはないのでしょうか?

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■プロフィール

Author:H・K
市民グループ「静かな街を考える会」会員H・Kのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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