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深夜の救急車が撒き散らす「ゼロリスク症候群」
 以前のエントリーで、「最近は救急車やパトカー、消防車などの緊急自動車が、サイレンと同時に『救急車通ります! 救急車通ります!』といった自動アナウンスを鳴らしっ放しにしたり、運転手が『はい左に曲がります! 左に曲がります! 直進します! 直進します!』と、絶え間なく連呼しながら走ったりするようになって、とてつもなくうるさくなった」と書いたことが、何度かあります(カテゴリ「信号・車の警告音・緊急車両」)。
 そしてそのけたたましさは、どんどんひどくなっています。

 うちは幹線道路のすぐ近くにあるので、緊急自動車がよく通るのですが、今ではこの道路を走るすべての緊急車両が「サイレン+アナウンス」になってしまって、とてつもなくうるさい――ということはこれも以前、書きました。
 昼間はもちろん、夜中で人っ子一人歩いていない、ほかに走る車もない道路でも、けたたましいアナウンスを流したり運転手がスピーカーからがなり立てたり。「そのアナウンス、誰に向かって言ってんだ? サイレンだけで十分だろう」という状況でも、常に「何かを言い続けてないと気が済まない」らしいのですが、今まではこれが「幹線道路では」という限定で済んでいました。さすがの緊急自動車も住宅地に入るとサイレンだけになっていた……のですが、やはり(他のスピーカー騒音同様)、日本社会でのアナウンスの乱用ぶりは止まるところを知らないようです。
 先ほど夜中の3時に、ついに住宅地でも「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」の連呼が聞こえてきたからです。

 サイレンと一緒に「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」という自動アナウンスが聞こえてきて、普通なら幹線道路を走っているので一度近づいたら遠ざかっていくはずなのですが、このアナウンスはどんどんうちのほうに近づいてきました。
 「おかしいな」と思って窓から外を見ると、なんと、寝静まった住宅地の道路を走る救急車が、「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」と連呼し続けていたのです。

 その救急車は、うちから数十メートルほどのところにある家の前に止まったのですが、幹線道路からその家の前までは、いかにも住宅地という典型的な生活道路です。深夜3時ですから、誰一人歩いている人などいません。私の家は、幹線道路からその家の前までの道筋がほぼ見通せるのですが、朝刊を配達するバイクの音が聞こえるほかは、人がいる気配などどこにもありません。
 それなのに、救急車はまるで幽霊か野良猫に向かって叫ぶように「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」とノンストップでアナウンスしながら走ってくるのです。曲がり角で鳴らすだけでなく、直線の部分でもアナウンスを切ろうとはしません。
 本当に「いったい、そのアナウンスはなんの必要があって、誰に向かって流している」のでしょうか?

 緊急車両だから、夜中だろうがなんだろうがサイレンを鳴らすことに文句を言うつもりはありません。もちろん状況に応じて音量などは考えてもらわなければなりませんが、救急車の場合なら、呼んだ人間に「もう近くに来てるぞ」ということを知らせ安心させるため、夜中でもサイレンを鳴らして走るのだ、という理屈は納得します(本当にそういう理屈でサイレンを鳴らしているかどうか、ではなく、私の中でそういう理由なら納得できるということ)。
 でも、明らかに歩行者も、車も、まったくいないことが「目が見える人間なら誰にでもわかる」深夜の道路で、「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」とアナウンスし続ける必要がどこにあるんだろう。しかも救急車は無音で走っているわけでなく、サイレンを鳴らしてるんだから、こんなアナウンスを鳴らすことにどんな必要性があるのか、まったく理解できません。

 いくら「左に曲がります! 左に曲がります!」と連呼したって、耳が聞こえない人にはそもそも聞こえません。「もし歩行者がいて、曲がり角から突然、現れたら轢いてしまうかもしれないだろう!」なんて過剰な心配をする人がいるのかもしれませんが、何度も言うように救急車はサイレンを鳴らしてるんだし、ライトを点けウインカーも点けてるのだから、それに加えてわざわざ「左に曲がります! 左に曲がります!」なんて連呼する必要があるとはとても思えません。しかも夜中の3時に、静まりかえった住宅地の道路で。

 「お前は人の身になって考えてみろよお! 世の中にはほんの少しでも危険があったらいけないんだよおおおお!」なんて考える人が圧倒的多数なんでしょうが、夜中の住宅地で「救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります! 救急車左に曲がります!」と連呼しなければ気が済まないというのは、一種の「ゼロリスク症候群」なんじゃないでしょうかね。
 この「ゼロリスク症候群(ゼロリスク探求症候群)」は、災害や疫病などのリスクに対してあまりにも過剰に反応する社会状況や、ちょっとしたリスクに大騒ぎする人たちのことを指した病理の概念らしく、「世の中から、ありとあらゆるリスクを完全になくさないと気が済まないんだよお!」と考えたがる日本人の性質として最近、話題になっているようです。

 この症候群は主に災害や疫病、食物だの化学物質だのといった「大きな話題」との関連で語られたり、分析されたりすることが多いようですが、そもそも私に言わせりゃもっと身近なところ――まさにここで書いたような、緊急自動車の場所も時間も考えないけたたましいアナウンスや、エスカレーターの「手すりにつかまり!」の無意味な連呼、誰も危険な目になど合っていないのに、「子供たちを守りましょう!」と毎日毎日垂れ流される防災無線の放送など――つまり、もともと日本の日常生活のあらゆる場所に蔓延しているものです。
 そして「リスクゼロを求め、そのためにならどんな場所でも、どんな状況でもアナウンスを流さないと気が済まない」日本人の、抑制のきかない一種のパニックぶりは、どんどんひどくなる一方です。

 「ゼロリスク症候群」については、もっと本を読んだりしてどんな概念なのか勉強してみたいと思いますが、これをスピーカー騒音やアナウンス騒音、そして無意味な標語看板やご注意看板が氾濫する日本社会との関連で分析してくれる人って、いないものなのかな。
 まあ、「どんなにわずかなリスクでも回避するため、ご注意アナウンスを流そう! 看板を立てよう! それは当たり前のことなのだ!」と考えてしまう「日常生活におけるゼロリスク症候群」は、識者だの研究者だのと言われる人たち自身も気づかないほど、日本人の骨の髄まで染み込んでしまっている。きっと、そういうことなんでしょう。

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カテゴリ:信号・車の警告音・緊急自動車
「車が出ます!」わかった、しつこいよ!
車関係のアナウンス騒音といえば、商業施設などの駐車場から車が出てくるときに聞かされる「出庫の案内音」。これにも、うるさいものがあります。
まあ、ほかの騒音に比べれば(個人的には)それほど遭遇する頻度が高いわけじゃないので、このブログで取り上げるのも初めてですが。

例えば、西武新宿線田無駅前にある商業ビル「アスタ」の出庫案内音がこれです。
「アスタ」出庫案内音
うるさい、というより非常にけたたましい。
私はここの前を通るたびに耳をふさぎたくなるし、「何度も何度も同じことばかり繰り返してしつこい! 機械に命令されるいわれはないわ!」と猛烈に腹が立ちます。
「車が出ます」まではまあいいとして、「ご注意ください!」の連呼が特に不愉快ですね。「左に曲がります、ご注意ください」と同じで、「注意すべきは歩行者じゃなくドライバーのほうだろうが!」と怒りが湧いてくるし、こんな偉そうな「命令」を何度も繰り返されるとイライラが沸点に達します。

私は、本当は駐車場の出口から音なんか鳴らしてほしくない。せいぜいパトカーの赤色灯のような回転灯を回すだけにしてほしいと思うのですが(実際、黄色い回転灯を回すだけの駐車場も多い)、町中によくある月極駐車場のような見通しのよい駐車場ならともかく、大型ビルや商業施設のように車が上階から降りてきたり、地下から上がってきたりする駐車場の場合、両側を壁に挟まれていて左右が見通せないケースが多いから、回転灯に加え音でも歩行者に車が出ることを知らせるのはしょうがないのかなと思います。特に視覚障害者には音による案内が必要になるのも理解できます。

では、どんな案内音ならましなのか。
個人的にはできるだけ低音の、絞った音量で「ウー、ウー」というようなサイレンを鳴らすだけにするのが、一番いいのではないかと思います。
もちろん、あまり低音にしたり音量を絞ったりすると「案内音」として役に立たなくなるという理屈もわかるので、具体的にこんな音なら適切だと決めつけるのは難しいのですが……。
ただ、やはりこのアスタの案内音のように、音声でしつこく、けたたましく「ご注意ください! ご注意ください! ご注意ください!」と連呼されるのは無性に癇に触りますね。やめてほしいです。

付け加えるならば、このアスタの駐車場は出口に誘導員がいて、「車が出ます!」と案内をしているのにもかかわらず、同時にこの案内音まで鳴らしているので「しつこさ」もひとしおです(誘導員は見るたびにいたり、いなかったりするのですが)。
誘導員がいるときは案内音を切る。誘導員がいない時間は案内音のスイッチを入れる。そんなふうに人手で案内するか機械で案内音を鳴らすか、どちらか一つにすれば十分だろうと思うのですが、なぜこんな無駄なことをしているのか理解に苦しみます。
ま、それは日本人特有の「人様を子ども扱いするのが大好き」な嗜好や、「何がなんでも100%危険を防止しなければならないのだ!」という行き過ぎた完全主義(それなら、車なんてそもそも「走る凶器」なんだから使用を禁止すればいい)によるものなんでしょう。
こんな案内音一つとっても、日本というのは本当に「ガキ帝国」なんだなあと思います。

カテゴリ:信号・車の警告音・緊急自動車
信号の音は「キツツキ」にしてほしい
このブログでほとんど取り上げていないスピーカー騒音の一つに、「信号の案内音」があります。
唯一、「武蔵野市は防災無線(だけ)は静か」
http://bunkasouonn.blog.fc2.com/blog-entry-81.html
というエントリーで、吉祥寺駅横の信号から流れる「信号が青になりました。左右をよく見て渡りましょう」というおせっかい放送に苦言を呈しているだけです。

あまり書いていない理由は、どうも信号の案内音に関しては、東京は比較的ましなのかもしれないから。
私が以前住んでいた地方都市では、中心部の信号がたいてい「ピヨ、ピヨ、ピヨ」という鳥の鳴き声か、「とおりゃんせ」の音楽を大音量で流していてうるさかったのですが、東京の場合、案内音が流れている信号は多いものの(信号の絶対数も多いのだから当然ですが)全体的に音量が小さめで、「聞かないように聞かないように」と思いながら別のことを考えていれば、なんとか無視できる場合が多いからです(少なくとも私の場合は)。それに、信号から大音量で案内音が流れるような都心の繁華街にはあまり行かないし。

もちろん、そんな中でも「うるせえなあ!」と思う信号はいくつもあります。
上記の吉祥寺の信号では「うるさい」プラス「こちとら子どもじゃねえんだ!」という怒りがわいてきますし、ほかにぱっと思いつくところでは、高田馬場の早稲田通りと明治通りの交差点では、ものすごく大きな音で「ピヨ、ピヨ、ピヨ」と鳥の鳴き声が流れていたような気がします。内堀通りの気象庁前交差点では、確か大音量で「とおりゃんせ」か何かの音楽が流れていて、耳をふさぎたくなったのを覚えています。

信号から案内音を流すというのは、視覚障害者のためでしょう。目が見えない人のために音で信号の場所を教えようという、その必要性は否定しません。
しかし、(これはどんなスピーカー騒音についても同じなのですが)その音が「ピヨ、ピヨ、ピヨ」という人工的で不自然な鳥の鳴き声や、「とおりゃんせ」などの音楽である必要はない。案内音を流すなら、できるだけ意味のない単純な音にしてくれよというのが私(や本会)の基本的な考えです。

聞くところによると、ヨーロッパで信号から流す案内音で多いのは、「コツ、コツ、コツ」という、キツツキが木をつついているような音(を、もっとゆっくりしたテンポで低音にしたもの)だそうです。確かにこれなら、甲高い鳥の鳴き声や音楽などと違い、音そのものに過剰な「意味」がないので、音量さえ適切であればあまり気にならないと思います。

私は決して、ヨーロッパのやり方ならなんでも最高! とか、何かにつけ「おフランスではあ~」なんて言うような欧州主義者ではありません(だいたい、ヨーロッパなんて行ったこともない)が、こういうシンプルな音を流せば十分に用が足りるはずなのに、いちいち鳥の鳴き声を流したり音楽を流したりといった「過剰なこと」をしなければ気がすまない日本人って、いったいなんなんだろうと思います。
特に吉祥寺のように「左右をよく見て渡りましょう」なんて、信号を渡る人間を一律に幼稚園児のように扱う案内音は論外としか言いようがありません。あの信号を平気な顔をして渡っている人を見ると、「ああ、この人たちは、ここまで子ども扱いされても恥ずかしくないんだなあ。なぜなんだろう」という疑問ばかり浮かびます。

カテゴリ:信号・車の警告音・緊急自動車
「左に曲がります」いや、あんた止まってるやん!
車が発する「左に曲がりますご注意ください」「バックしますご注意ください」(ボイスアラームと言うらしいです)や、「ピー、ピー、ピー」という甲高い警告音。

私があれで一番わからないのが、交差点で信号待ちをしている最中から、何十秒も、へたをすると何分も「左に曲がりますご注意ください。左に曲がりますご注意ください。左に曲がりますご注意ください」と鳴らし続ける車が多いことです。
車道のど真ん中で止まっているのに「左に曲がります」もないもんだろうと。

また、バックのときも、一人が運転して、もう一人が後ろで「オーライ、オーライ」とかけ声を出しているのに、同時に車から「バックしますご注意ください」だの「ピー、ピー、ピー」だの、音を鳴らしっ放しにする車が多い。

私は車を運転しないのでよくわかりませんが、あのような警告音はウインカーと連動しているので、勝手に流れてしまうのでしょうか。
自分の意思で付けたり切ったり、ボリュームを調整したりすることができない音声装置(しかも、無理やり他人に聞かせるための音声)なんて、ただの「騒音装置」でしかないでしょう。
ほんまに迷惑です。

カテゴリ:信号・車の警告音・緊急自動車
無人の道路に響く「緊急車両だ!」
かつてはサイレンだけですんでいたパトカーや救急車などの緊急車両が、近年はアナウンスまで流すようになった。
しかも実際に道を譲らない車がいるとか、無理に信号を渡りそうな歩行者がいるからといった道路の状況で判断して「必要なときに流す」のではなく、特に幹線道路ではほぼアナウンスを流しっ放しで走るようになった(少なくともうちの周囲ではそんな状況)。

先日は夜中の2時に、うちの近くの片側2車線の道路を、救急車がサイレン+アナウンスで走りました。夜中の2時、見渡せる範囲には車も歩行者も(私以外)誰もいないのに、無人の道路に向かってアナウンスを流す必要がどこにあるのか。
別の日には、屋外で電話をしている私から150メートル以上離れたところをにある幹線道路から聞こえてきたパトカーのアナウンスがうるさすぎて、「ごめん、声が聞こえないからあとでかけ直すわ」と電話を切りました。
耳をつんざく大音量というのはまさにあのことで、サイレンはともかく、そこまで大きな音でアナウンスをする必要がどこにあるのかまったく理解できない。

緊急車両のサイレンが昔より人の耳に聞こえなくなったとすれば、そこには2種類の理由が考えられます。

一つは「音そのものが聞こえない(聞こうとしない)」ということで、ウォークマンなどをしている人間が増えたせいで緊急車両のサイレンを人の耳に聞かせることが難しくなった。あるいはケータイで喋ったり、画面を見たりするのに一生懸命で、周囲の状況に気を配ろうとしない人間が増えた。高齢者が増え、耳が遠い人間が増えたという理由も考えられるでしょう。
もう一つは「サイレンはちゃんと聞こえているが、それを緊急車両の音だと認識し、邪魔にならないよう移動する」という当たり前の行動がとれない人間が増えたという理由です。

まず「音そのものが聞こえない(聞こうとしない)」人間が増えたのなら、「緊急車両のスムーズな通行のため、道でウォークマンを使うのはやめよう」とか「ケータイをしながら歩くのはやめよう」などと、警察や消防が主導してしっかり周知させる必要があるでしょう。
それをせず、ただ安易にアナウンスを流しても、「聞こえない(聞こうとしない)原因」を取り除かない限り、人に音を「聞かせる」ことができるようになるとは思えません。

次に「サイレンはちゃんと聞こえているが、それを緊急車両の音だと認識し、邪魔にならないよう移動する」という行動がとれない人間が増えたのなら、それは前者以上に問題でしょう。
緊急車両というのはサイレンを鳴らして来る。そしてサイレンが聞こえたらすみやかに道を譲る。それは小学生レベルで常識として教え込まれることです。それができない人間が増えたのなら、家庭や学校などで「緊急車両のサイレンが聞こえたら、邪魔にならないようにしましょう」という教育をしっかりすべき(学校よりむしろ会社で、「大人」を教育すべきか)であって、やはりアナウンスを流したからといって解決できる問題とは思えません。

緊急車両はまさに「緊急」の自動車で、急いで通る必要がある。その際のサイン音はなるべく単純で「あ、緊急車両が近づいてきた。避けよう」と、瞬時に判断できるものでなければ、サイン音としての意味がなくなる一方でしょう。
ところが、今はいちいち「これから通るのはパトカーだ。パトカーは緊急車両だ。左に曲がるぞ。右に曲がるぞ。歩行者はよけろ。車は脇に寄せろ」と、あれこれ具体的なことまでアナウンスしないと通用しないことになった。とすれば、それはむしろ緊急車両を運用している側にとっても大きな問題であって、ただ「アナウンスを加えて解決しよう」で思考をストップしても、今後、ますますろくなことにならないと思います。

まあ、電車の中でいちいち「暑かったら窓を開けろ」だの、「電車は揺れるからつり革につかまれ」だの、あまりにも当たり前のことまでいちいち指図しないと気がすまない、されないと気がすまない、そして「指図されてもしようとしない」のが日本人。「音が聞こえない(聞こうとしない)、聞こえても何もせずただ聞き流すだけ」という人間ばかりなのが日本。
「音に音を重ねるより、必要な音だけで通用する環境づくりをしたほうが、よほどいいじゃないか」と私は思いますが、世の中はむしろ「もっとうるさくして! もっと指示して!」の大合唱なのだから、緊急車両までやかましくなる一方なのも当然なんでしょう。

カテゴリ:信号・車の警告音・緊急自動車
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■プロフィール

Author:静かな街を考える会 別館
市民グループ「静かな街を考える会」会員のブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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