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選挙カーうるせえ、くだらねえ
 選挙カーうるせえ。幼稚、あさましい、くだらねえ、誇大広告、嘘つきばかり、日本語として意味不明、うぐいすばあさんのヒステリーは動物以下、馴れ馴れしく近寄ってくるな、食事も喉を通らない、仕事の邪魔、暮らしの迷惑、こんな制度は不要、奴らには絶対に投票しない、地獄、ストレスで死にそう、うんこちんちん。言いたいことは、ただそれだけだ!
 忙しいので詳しくは過去記事を。

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カテゴリ:政治家・団体・デモ
絶叫連呼する政治屋には投票しないよ
 一言だけ。選挙カーで連呼したり、街頭で喚き散らしたりする政治屋には、絶対に投票しません。するわけがない。
 まあ、せめて選挙カーを使わないことを公約している「NO!選挙カー推進ネットワーク」に参加している候補者から、当選者が出てほしいと祈るだけです。

 ……と思ったら、NO!選挙カー推進ネットワークのホームページが閲覧できなくなっている。やっぱり「スピーカー騒音だいちゅき!」なこの国では無意味な試みだったんでしょうか。

 ……なんてことを書いていたら、うちの近所100mほどのところで、狂惨党が喚きだした。選挙カーからの連呼じゃなく車を停め、何人もの連中が入れ替わり立ち替わり絶叫しています。
 二日前にはうちの目の前50mのところで痔眠党が吠え続けたし、その1週間前には同じ場所で、狂惨党の凄まじい演説(限りなく公職選挙法に違反しそうな事前運動・投票依頼)に耐えかねて逃げ出したこともあります。
 仕事を放り出し、川っぺりに座り込んで「おれが、おれの時間を大切にすることが許されないこの国って……」と考えながら費やした時間の虚しかったこと。

 今日もこれに邪魔されて、仕事の締め切りに遅れそうだよ。

カテゴリ:政治家・団体・デモ
選挙なんて棄権したほうがいいんじゃないっすか
 参院選が始まって1週間近くたちますが、今のところ、私の住む住宅地には1台も選挙カーが現れません。

 毎日毎日、朝、目が覚めるたびに「きっと今日こそは、選挙カーに仕事を邪魔されるんだろうな」と思い、びくびくしながら一日を過ごすのですが、とりあえず今は「今日も来なかった」「また来なかった」「全然来ないぞラッキー!」の繰り返し。でも、どうせそのうち「やっぱり来た!」と椅子からぴょんと跳び上がる瞬間が、必ずどこかでやってくるんでしょう。

 実際の選挙カーの騒音より、それに襲われる瞬間がくることを心配しなければならない毎日。まるで刑の執行に怯える死刑囚のようですが、選挙カーや街頭演説といった乱痴気騒ぎだらけの選挙制度が罷り通っているこの国にはあきらめと鬱憤しかないので、私は今回の選挙に投票するつもりなどさらさらありません。「いつものように」棄権します。選挙で投票したのなんていつが最後か、まったく覚えていないくらいです。

 あのう、「選挙こそ民主主義の根幹なんだから投票しろよ!」などという、教条的なものの見方をする人たちばかりなのは承知の上ですが、私はむしろ、選挙なんてどんどん棄権したほうがいいんじゃないかと思いますよ。
 だって「この人の政策には納得できる。投票して政治を任せたい」と思う候補者がいなければ棄権するのは当たり前のこと。納得できる商品がなければ購入しない、それは政治家選びだろうがエロDVD選びだろうが同じです。選挙というのは、商品棚に並んだ政治家を税金で買うという「買い物」なんだから。
 誰も彼もが「日本の政治を変えなきゃ!」などとしたり顔で言いますが、本気でそう思うなら、中途半端に投票(買い物)するより堂々と棄権(買わないと判断)して、国政選挙でも地方選挙でも、投票率が10%を切るくらいまで低くなってしまえばいいんです。

 そこまで投票率が落ちると何が起こるか。国際社会(笑)から「日本人は自分たちの国を『民主国家』とか言ってるけど、投票率が一桁ってどんだけ後進国なんだよ!」と笑いものになるでしょう。
 この国が「外圧」がないと何も変わらない国であるのは明らかなんだから、「世界の民主主義ランキング」で200位とか、いっそそこまで下がらないと「政治改革」だの「信頼される政治」だの実現できるわけありません。そのためにも投票率なんて極限まで落ちてしまえばいい。
 「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」の例えのとおり、政治屋たちが「世界の首脳からこんなに笑われるなんて、ケツの穴を見られるより恥ずかしいよ~!」と思うぐらいの荒療治をしたほうがいいんです。
 まあ、今の政治屋に「恥」という感覚があるかどうかは疑問なのかもしれませんが。あったとしても、それは「ウチ」に対する恥の意識であって、「ソト」に対してはまったくの厚顔無恥。「旅の恥はかき捨て」が日本人の伝統的な「恥」の意識だとすれば、国際社会(笑)から何をどう言われようが、この国の政治屋は屁とも思わないのかもしれません。

 それにしても、東京では参院選が終わると立て続けに都知事選だとか。選挙のたびに数十億円を無駄にして選挙カーが走り回るのは本当に迷惑です。それもこれも、舛添なんて胡散臭い奴をムードと知名度だけで選ぶから。だったら最初から棄権して「お前なんか信任されてないぞ」と数字で示しておけばよかったじゃないか、といういい見本です。
 選挙のとき、「ますぞえ」と用紙に書いて投票した有権者が最も多かったから、あんなのが当選してしまった。「舛添辞めろ!」と大合唱していた世間の中で、その自覚を持った人がいったいどれだけいたのでしょう。

 「投票率なんて下がればいい」に加えてもう一つ「暴言」を吐くならば、もう、都知事なんて日本人の大好きな「象徴」にしてしまえばいいんです。「象徴としての都知事」ってやつ。「あなたが都知事にふさわしいと思う人は?」とかなんとか適当な人気投票を実施して、1位になった人物は強制的に「実権」もなければ「義務」も「責任」も「報酬」もない「象徴としての都知事」に就任させる。
 そうすると、おそらくビートたけしとかジャニーズあたりのタレントが「象徴としての都知事」、言い換えれば「書類上だけの都知事」になるでしょうが、それでいいじゃないですか。ただのペーパー知事なんだから誰だっていいよ。私なら高田純次に投票するかな。

 とにかく「静かに仕事がしたかった」などと、公用車で湯河原の別荘通いをするねずみ男に言っておきたかったのは、「わざわざ湯河原まで行くくらいなら、お前が東京を『静かに仕事ができる環境』にすればよかったんだろーが!」ということです(←結局、腹を立てているのはそこ)。
 まあ、もういなくなった人のことなんか、それこそどうでもいいんですけれども。久しぶりの更新なのに、くだらないことを書いてしまった。

カテゴリ:政治家・団体・デモ
住宅地の「静穏保持」はどうでもいいというこの国
 東京・信濃町の路上で見かけた看板。

静穏保持法.jpg

 「このあたりは『静穏保持法』指定地域だから、拡声器の使用はやめろ」という内容。静穏保持法とは何かというと、概要がウィキペディアにまとめられているので見ていただくとして、要は「国会周辺や政党の事務所、大使館周辺では拡声器を使うな」という法律です。

 現実には、国会周辺では「正義をこじらせてしまった人たち」が、拡声器を使ってわあわあ騒ぎ続けているわけで、ああいったデモと静穏保持法との整合性がどうなっているのか、私にはよくわかりません。政党の事務所や大使館周辺で拡声器を使った場合、ただちに警察がすっ飛んでくるのかどうかもよくわからない。それに、そんなことはとりあえずどうでもいい。

 腹が立つのは、「国会や政党の事務所、大使館周辺では静かにしろ」という内容です。これは裏を返せば「それ以外の場所では、静穏を保持しなくていい」と言っているのと同じことですからね。
 国会や政党の事務所、大使館を特別扱いして、「良好な国際関係を維持し、国会の審議権を確保するために静かにしろ」と言うけれど、それ以外の「普通の人たちが暮らしている」駅前や繁華街、そして住宅地の環境はどうでもいいのか。
 日本ではこの静穏保持法のほか、騒音規制法暴騒音規制条例環境確保条例など、拡声器騒音を規制する法律や条例が(一応)整備されているのに、そうした規則を適用して、住宅地の拡声器騒音を止めさせるのは難しいのが現実。ただ建前だけの法律になってしまっています。

 それに、駅前や住宅地で迷惑なスピーカー騒音の代表例といえば、なんといっても政治屋の演説。「事務所の周りでは静かにしろ」と自らを守る特権を作り、その一方で、拡声器を手に絶叫を続ける連中の騒音です。
 いやもう、今年は6月に参院選がある、もしかすると衆院選と同時かもしれないということで、うちの周囲では年明けから政治関連の騒音がひどいのです。

 言うまでもなく、一番しつこいのは共産党。近くの商店街では、月に数回は共産党の(たぶん)市議会議員が何事かを喚き散らし、その声が300m以上離れた私の家まで聞こえてきます。共産党の下部組織(後援会)の年寄りが、住宅地を練り歩きながらハンドマイクで叫ぶのも毎月のこと。
 駅前では夕方になると、毎日、共産党(こちらもおそらく後援会)のジジババどもが、歩道を占拠して脳天から声を張り上げています。先日は、関連団体「東京土建」の車が宣伝放送を流しながら走り回りましたが、これも頻度が高くなる一方。

 共産党だけではありません。今年に入って、覚えているだけでも公明党が2回、住宅地に車を止めて演説。15分ほどがなり立て、少し移動してはまたがなり立てを1時間以上繰り返しました。民進党(だっけ?)の宣伝カーも走り回ったなあ。

 こうした政治屋どもの演説や宣伝放送を聞かされると仕事にならないので、轟音が流れている間は耳を塞いで耐えるしかありません。駅前で遭遇してわざわざ遠回りしたり、反対側の改札口から駅に出入りしたりするのも面倒で仕方がない。

 選挙が参院選だけなら、選挙カーが現れる回数も少なめなので、家にいればなんとか耐えられるかもしれません。しかし、すでに選挙が始まる前から「静穏を保持できない」住宅地では、うんざりするような状況になってしまっているのです。

カテゴリ:政治家・団体・デモ
8年ぶりに復活した「絶叫選挙」の結果は……
 案の定、選挙が終わると、あれほど溢れかえっていた「選挙カーうるさい」の声もどこへやら。まるで何事もなかったように日常が繰り返されています。

 あらためて、なぜ、今回の選挙(市議選)をここまで「うるさい」と感じたか(本当に地獄だった)考えてみたのですが、前回、2011年の統一地方選挙は東日本大震災の直後だったので、選挙カーを使わないなど「自粛ムード」の中で行われたためじゃないでしょうか。それが今回は「通常」の選挙になってしまったので、8年ぶりに立候補者どもの「やりたい放題」が復活してしまった。

 私の住んでいる市の前回の市議選で、選挙カーを自粛していたかどうか、はっきりとは覚えていません。ただ、私は日記代わりの簡単なメモをつけてますが、11年の春に「選挙カーうるさい」というような言葉は出てきません。その前、07年の同じ時期には「選挙がうるさい」と書いてあるので、やっぱり11年はある程度「静かな選挙」だったんじゃないかと思います。

 前回の選挙の自粛ムードは全国的なものだったので、今回は8年ぶりに、日本中で選挙カーや街頭演説の絶叫が大爆発してしまった。それで「選挙カーうるさいよ」という声が溢れたのではないでしょうか。
 もちろん、その間にも国政選挙だの知事選だの、いろいろな選挙が行われているわけですが、やっぱり狭い地域で何十人ものアホが叫び続ける区市町村議員選挙のうるささは飛び抜けていますから被害は甚大です。

 でも、いくら選挙期間中に「うるさい」と言い続けても、それで選挙カーや街頭演説がなくなるわけじゃありません。本当に静かで実のある選挙を実現するなら、政治屋の意識を変える、公職選挙法を見直すといった具体的な成果が必要なのに、それを求めて動こうという人はまったくいません。せいぜいツイッターで「選挙カーうるさい!」とぶつぶつ言っている程度です。そして選挙が終わったらそれまでよ、と。

 まあ、人のことは言えません。私もこんなことをぶつくさブログに書いているだけで、別に政治屋や選挙管理委員会に「選挙の仕方を見直せ」と要求したわけではないし、「静かな街を考える会」として何か行動を起こしたわけでもありません。ぶっちゃけ、そんなことをしても無駄だというあきらめの気持ちしかないからです。

 ただ、いつまでもこのままなら、選挙のたびに「選挙カーうるさい、演説うるさい」と、死ぬまで悩まされるだけだということは、もう少し真剣に考えたほうがいいんじゃないでしょうかね。そして、自分が「うるさい」と思うなら、自分自身でなんとかするために動くしかないということも。「選挙カーはNO!!」と言わないと。

選挙カーNO!!01.jpg

 間違えた。

選挙カーNO!!02.jpg

 ……選挙カーを「うるさい」と言うと、「立候補者の名前を周知するために必要なんだ!」だの「選挙ムードを盛り上げるのは大切だ!」だの、揚げ句の果てには「選挙カーの否定は言論の自由の否定だ。民主主義が死ぬんだぞ!」だのと言い募るバカが多いです。
 じゃあ逆にお聞きしますが、選挙カーを自粛した前回の統一地方選挙では「民主主義が死んだ」んでしょうかね。もし死んだというならそんな選挙は無効にすべきだと思いますが、当選した議員はこの4年間、議員であり続けていたわけです。そいつらは「ゾンビ議員」か何かなんですかね? ま、ある意味では政治屋なんてみんな「ゾンビ」みたいなものかもしれませんが。

 「選挙ムードを盛り上げ、投票率を上げるためにも選挙カーは必要だ」もナンセンス。今回の統一地方選挙は、多くの選挙区で投票率が過去最低を記録したと報道されています。分析の仕方はいろいろあるでしょうが、少なくとも選挙運動を自粛した選挙より、バカみたいな乱痴気騒ぎが復活した選挙のほうが投票率が下がっているという「事実」を、どう説明するんでしょうか。

 そもそも、選挙カーがなければ民主的な選挙にならないというなら、そんなものがない国々の選挙はまともじゃないということになりますが、そうなんでしょうか。私には、ひたすら名前を連呼し、駅前や住宅地という人様の家の前で絶叫演説を繰り返す日本の選挙のほうが、キチガイ沙汰としか思えませんけどね。

 あらためて、前々回のエントリー『憲法学者が語る「表現の自由と拡声機」』へのリンクを張っておきます。ここで憲法学者の奥平康弘氏が語っていることは、非常に示唆に富んでいます。というか、憲法学者でなくても「当たり前」の感覚を持っている人なら、すんなり理解できる内容だと思うのですが……そうでないのがこの国の人々なんだよなあ。

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■プロフィール

Author:S.B
市民グループ「静かな街を考える会」会員S.Bのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

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「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

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