「静かな街を考える会」の紹介
●わたしたちの主張

日本人は静けさを愛する国民と言われてきました。しかし、今日の日本はまさに「音」の洪水であり、それが私たちの心の安らぎを奪っています。そこで、私たちは生活環境をより快適にするために、公共空間における拡声器音を減らそうという運動を続けています。

当会が対象とする拡声器音とは次の様なものです。

1.移動営業車の商業宣伝
2.商店街における店頭放送・街頭放送・音楽
3.観光地などにおける音楽・宣伝放送
4.警察や役所など公共機関が行う注意・お知らせ放送
5.交通機関における大音量の過剰アナウンス
6.学校が流す大音量の校内放送・チャイム
7.選挙時の連呼など種々の営業外宣伝活動

私たちは、これら公共の場所における拡声器の暴力性を一人でも多くの方が認識して下さるよう訴えると共に、安易な拡声器の使用を止めて下さるようお願いするものです。

会は1984年の結成(旧名称・拡声器騒音を考える会)以来、機関誌『AMENITY』を発行したり、ミーティング(親睦会)を開いたり、ホームページを運営したりして活動を続けています。ぜひ、詳細をご覧ください。

「ストップ・ザ・ノイズハラスメント!」

音も環境問題の一つです。
「静穏権」の大切さについて、もっと真剣に考えてみませんか?


『AMENITY』36号

カテゴリ:「静かな街を考える会」について
『AMENITY』36号発行のお知らせ
静かな街を考える会は
35年の歴史があって
先生方も超一流
機関誌『AMENITY』を読むだけで
読むだけで 読むだけで……
まあ 読んだからって何が変わるわけじゃないけどね!

 というわけで、『AMENITY』36号は2018年10月発行。購読のお申し込みは会のホームページからどうぞ。購読料は発送1回につき何冊でも1000円。同時にバックナンバーを注文しても、発送1回あたり1000円でお送りします(送料を負担していただく場合あり)。
 36号の内容は下記のとおり。

●東京メトロの車内BGMの行方は C.J.ディーガン……1
 2018年1月から始まった、東京メトロ日比谷線の車内BGM。これを紙面で大きく取り上げた東京新聞へ、会員に呼びかけてメールや電話で「うるさい。不要だ」と意見を伝えてもらった。

●東京メトロのBGM放送が終了していた 香山弘行……4
 車内BGMの苦情を東京メトロにメールで送信。すると、7月31日に「BGMの試験放送は終了した」という返事がきた。いつ終了したのか尋ねると「非公開」という。ひとまずほっとすると同時に、いつ「試験放送を終え、本格的な放送を始めます」となってもおかしくないと危惧する。

●京都の多言語の救急車 C.J.ディーガン……8
 京都・嵐山で、救急車のアナウンスを4カ国語に増やしたという新聞記事を読んだ。当局に問い合わせると「通行人が避ける効果があった」と言う。しかし、どんな国の人でもサイレンを鳴らせば緊急車両だとわかるはずだが……。

伊豆大島のヘリも騒音だけど、防災無線も騒音なんですが。 Sptaka……10
 伊豆大島では、自治体が報道機関にヘリコプターの飛行自粛を要請した。しかし本当にうるさいのは、その自治体が絶え間なく放送する防災無線だ。ブログからの転載。

●航空機は公害発生源です。 五味広美……12
 羽田空港に着陸する航空機が、人口密集地の上空を低空飛行する計画が進行中だ。騒音をはじめとするさまざまな被害が予想されるのに、住民の関心は薄い。

横浜市 防災無線未整備、検証へ タウンニュース……18
 防災無線がない横浜市。過去に「音が聞こえにくい」「100億円以上の費用がかかる」という理由で設置を見送ると決定したにもかかわらず、再び、整備に向け検討を始めたという。地域新聞の記事から抜粋。

●うるさい団地のチャイム、防災無線、東京メトロの車内BGM C.J.ディーガン、大嶋良子、岩永星路、安澤梨花、薄井欣一、森川由美、木村造之、香山弘行……20
 初参加の会員を迎えた会のミーティング。団地の屋上に設置されたスピーカーから、1日3回も放送されるチャイムに苦情を言うが、「ここのしきたりに従え」と自治会に言われる。大音量の防災無線に苦しみ市長に手紙を出すも「住んでいるのは、あなた一人じゃない」という返事しか来ない。そのほか東京メトロのBGMや大型ビジョンの放送、店員が繰り返す「いらっしゃいませこんにちはー」という“最初から返事を期待しない”無機質な挨拶まで、さまざまな騒音を語り合う。

●サービスとしての謝罪 吉田博道……34
 わずか1分の遅れで謝罪を繰り返す電車のアナウンスなど、「サービスとしての謝罪」は不快だ。こうした過剰な謝罪が日本の文化であり、決してなくならないと考えるだけで暗澹たる気持ちになる。

●新宿区の公園デモ規制に想う 合田寅彦……38
 さまざまなデモに参加してきた。しかし、宣伝カーばかり目立つ日本のデモに違和感を覚えるようになった。東京の新宿区が公園のデモ利用を規制するようだが、デモ参加者も拡声器の使用を自粛するなど、静かで表情の見えるデモをするよう考えるべきだ。

●車内BGMについて──なぜ不快なのか? 中島義道……40
 ほとんどの日本人は、痴漢やセクハラの不快は理解しても、セルフレジや車内BGMの騒音という不快を理解しようとしない。「やさしい人」の想像力は恐ろしくお粗末で、「公認された苦痛」しか認めようとしないのだ。

●静かな朝をこうして取り戻したの記 永井広……44
 資源ごみの回収日に始まった拡声器放送。突き止めると、隣町の町内会が回収を委託している業者によるものだった。似たような目に遭った過去の経験を生かして交渉し、自宅の近くではスピーカーのスイッチを切らせることに成功。静かな朝を取り戻した。

●「東京オリンピック」と「電車内アナウンス」 加賀野井秀一……46
 長々と言葉を重ねることが丁寧であると思い込んでいる日本人。東京オリンピックを機に電車の車内アナウンスを見直すというなら、必要最低限の内容を簡潔に放送するよう心がけるべきだ。

●電車の放送は過剰で、うるさい 新聞の読者投稿から……50
 新聞の紙面から、バスや電車の車内放送がうるさいという趣旨の読者投稿を抜粋。

●うるさいドイツ・オーストリアの諸局面 吉田修一……52
 ドイツやオーストリアは、カフェのBGMが日本とは比べものにならないほどやかましい。深夜に野外コンサートをするなど、特に音楽が絡むとうるさくなるようだ。

●九州の片隅から 古賀知行……56
 通信販売の商品を発送する封筒に、「静けさは文化のバロメーター」と書いたテープを貼ることにした。JR東日本が発車メロディーの音量を下げるテストを始めたそうだが、どうせなら聞き取れないアナウンスの整理まで進めて欲しい。「客が買い物に集中できなくなる」という理由で、子供服の西松屋がBGMを流していないと知ったがもっともだ。

Jアラートは火の用心 パオロ・マッツァリーノ……58
 Jアラートも火の用心も防犯パトロールも、危機管理に必要な情報を伝えないただの警報。情緒ですべてを解決しようとするからデマがはびこり、かえって人々が危険な行動に走ってしまうのだ。ブログからの転載。

●防災無線は役立つのか 新聞の切り抜きから……60
 防災無線の騒音や誤情報の放送について、新聞記事や読者投稿から抜粋。

『AMENITY』36号

カテゴリ:「静かな街を考える会」について
『AMENITY』35号発行のお知らせ
 いかんいかん。「なぜ人はおっさんになると、耳の穴から毛が生えてくるのか」という難問に悩み続けているうちに、本会の機関誌『AMENITY』35号の告知を1年近くさぼってしまいました。
 『AMENITY』35号は2017年10月発行。購読のお申し込みは会のホームページからどうぞ。購読料は発送1回につき何冊でも1000円。同時にバックナンバーを注文しても、発送1回あたり1000円でお送りします(送料を負担していただく場合あり)。

 35号の内容は下記のとおり。今なら、身に着けるだけで異性にモテモテ、宝くじにも大当たりと人気の「エジプトから来た、幸運を呼ぶ高枝切りばさみ」を10本、まとめて10本お付けします。わお、これはとってもお買い得ですね!

●拡声器騒音大戦争 その壱 vs共産党 香山弘行……1
 定期的に住宅地に現れ、ハンドマイクで演説を繰り返す「共産党後援会」との激しいバトル。自分たちの正義を大音量の演説で押し付けようとする老人たちとは、まったく話が噛み合わない。

過剰な謝罪アナウンスは違和感あり 松沢友紀……8
 事故が起きたりダイヤが乱れたりするたびに、しつこく繰り返されるJRの謝罪アナウンス。だがエスカレートする謝罪の連呼は、かえって乗客を不愉快にさせるだけだ。ブログからの転載。

●機械からのあいさつはイヤ C.J.ディーガン……12
 近所のスーパー・西友で始まった「イラッシャイマセ」「アリガトウゴザイマシタ」というスピーカーからの機械的な挨拶。なぜ、このような不快な音声を流すのか、店に問い合わせても意味不明な返事しか来ない。あらためて本社に手紙を送り電話をかけてみた。

●子供の声も騒音です(後半) 五味広美……16
 東京とその近郊から、4カ所の「静かそうな保育園」や「騒音の苦情がありそうな保育園」を選び、立地や運営方針、問題点などを調べた。

●犬とテレビと防災無線、そして新しい提案 秋沢勇次……23
 吠える犬の飼い主に苦情を言うと「犬は吠えて当然」と開き直り、警察に相談しても「田舎へ引っ越せばいい」と無視される。静かであるべき病院や薬局はテレビだらけ。週に一度だけで済んでいる防災無線の放送も、これから増やされる可能性がある。

●車内放送のフシギ 川浦康至……26
 自動放送で流される「挨拶」の車内放送など、ありがたくもなんともない。日本特有の駅名の2回放送も、「どうせ繰り返される」と真剣に聞く人を減らすだけだと指摘。

●増え続けるスピーカー騒音と「静かな街を考える会」の今後 C.J.ディーガン、吉田修一、大嶋良子、ジュリアン・ロング、岩永星路、安澤梨花、香山弘行……28
 初参加の会員を迎えた会のミーティング。救急車の過剰なサイレンや「お礼のアナウンス」、防災無線からの「子供を見守りましょう」、図書館での「飲食は禁止です」など、ありとあらゆる放送が増え続ける。そしてコンビニのように、人間の言葉すら機械的に「バカ丁寧化」していく現状にはうんざりする。

●日ごろの出来事 大嶋良子……38
 朝6時半からのラジオ体操、大音量の防災無線、夜10時頃まで続く広場で子供が遊ぶ声など、団地のさまざまな騒音について。

●背筋も凍る防犯対策に関する一考察 安澤梨花……40
 「不審者を見かけたら通報を」と繰り返す防災無線の放送や、乱立する「怪しいと思ったらすぐに110番」などの危険を煽る看板は、むしろ人々の不安感情を高め「不審者を捏造する」集団心理を生み出すようになる。

●聞こえているという神話 ウチダ サトシ……45
 さまざまな自治体や国の、防災無線に関する有効性の調査を分析。見えてきたのは「よく聞こえる」「なんとか聞こえる」を合わせても4割程度の結果を、驚くほどかさ上げし防災無線に「効果がある」と見せかけたい行政の思惑だった。

●防災無線騒音の被害者の叫び S.S.……50
 1日3回の音楽と、それ以上の回数で広報放送を流し続ける防災無線。市に相談しても対応を町内会に丸投げし、「大多数の賛成で立てたのだ」と言われる。やがてスピーカーの向きだけは変わったものの、「防災無線の音が聞こえない」という住民からの村八分が始まった。

●カルチャーショック 永井広……52
 語学の勉強会で日本人が「デパートの館内放送に感動した」と発表。しかし、ロシア人とドイツ人は口を揃えて「ああいうのはうるさい」「売り場のテープ音と重なって耳障りだ」と言う。知人のアメリカ人も、小学校の廃品回収車の放送を止めさせた。

●『うるさい日本の私』その後 中島義道……54
 『うるさい日本の私』の著者による現在の心境。拡声器騒音の原因の一つ「思いやりを」「優しさを」という掛け声がますます高まっている。もはや日本人にはまったく期待しない。「音」への抗議もほとんどせず、ただぼんやりと周囲を眺めているだけだ。

駅のアナウンスは過剰で不快! 旗本退屈爺……58
 駅にホームドアが設置されると、その説明のためにアナウンスが増える。過剰なアナウンスはひどくなる一方だ。こんな国は日本以外に知らない。喋りすぎは無言より情報が伝わらない。ブログからの転載。

●九州の片隅から 古賀知行……60
 九州の水害では「役に立たなかった防災無線」との報道があった。何を言っているのかわからずに戸を開けたら水が入ってきたという。幼稚園の騒音も「大きな声は元気な証拠」などという勘違いに無自覚だ。

『AMENITY』35号

カテゴリ:「静かな街を考える会」について
『AMENITY』34号発行のお知らせ
 本会が年に一度発行している機関誌『AMENITY』34号が完成しました。購読のお申し込みは会のホームページからどうぞ。
 購読料は発送1回につき何冊でも1000円。同時にバックナンバーを注文しても、発送1回あたり1000円でお送りします(送料を負担していただく場合あり)。

 34号の内容は次のとおり。この1冊で「カノジョができた」「まぶたが二重になった」「就職できた」(※)など、全国からお喜びの声が続々。ご注文はお早めに!
 ※個人の妄想です。

●「スピーカー騒音禁止」の看板がある理由 柿沢繁・池田牧人・C.J.ディーガン・香山弘行……1
 敷地内に「スピーカー騒音禁止」の看板がある団地。管理組合の役員に、このような看板を立てることになった経緯についてインタビュー。きっかけは、廃品回収車や灯油販売車などの宣伝放送に悩まされたことだった。

●静穏保持法の看板 C.J.ディーガン……4
 東京・信濃町の大通りに立てられている「静穏保持法指定地域」の看板。一見すると拡声器騒音を規制する「よい看板」のように思えるが、調べてみると静穏保持法そのものが、「池田大作を守る」ために、公明党と自民党の政治取り引きで改正されたものとわかった。参考文献・矢野絢也『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』。

おせっかいなメロディ 木暮夕人……6
 石川県輪島市では、毎日、朝7時、正午、夕方6時の3回も防災無線から音楽を聞かされ、「子供は家に帰りましょう」の放送もある。息苦しさしか感じないこのような放送に、いったいなんの意味があるのか問いかける。ブログからの転載。

●保育園建て替え 鈴木捺保……8
 40年にわたり悩まされてきた、騒音保育園の建て替えをめぐる騒動。その他、板金工場の騒音や、街中いたる所に溢れかえる醜い景観、スピーカー騒音について。

●選挙戦 竹内昭子……12
 1年前にあった市議会議院選挙の際、30人の立候補者に「静かな選挙を」と手紙を送った。結果として、従来よりかなり静かな選挙を実現することができた。

●音声付き〔清掃中〕の看板 C.J.ディーガン……13
 東京メトロのトイレ掃除に導入された「注意放送付き」の案内板。ひび割れた音で「ただいま清掃中」と繰り返し英語放送まで流される。この英語放送は何度も聞かないと理解できないほど発音がひどい。しかも、看板に書かれている英文も間違っているお粗末なものだった。

●子供の声も騒音です。 五味広美……14
 「保育園がうるさい」という意見の広まりを受けて始まった、東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」の見直し。都議会や都環境局の記録を洗い出し、さらに都議会を傍聴するなどしてことの経緯をまとめた。

●ノイズ・キャンセリング・イヤフォン 永井広……24
 街のうるささに閉口し、ノイズキャンセリングイヤホンを購入。期待したほどではなかったが、多少は騒音を打ち消す効果があるようだ。今では、イヤホンなしでの外出は考えられなくなった。

●スイスの静かな日常から考えたこと 岩永星路……27
 トルコ出身で日本国籍を取得した筆者は、仕事で5年ほどスイスに滞在した経験を持つ。騒音問題を環境保全の一環として考え、「静かに暮らす」ためのルールや規制が生活に浸透しているスイスと日本を比較する。

●防災無線・商店街・交通機関の耐えられない騒音 C.J.ディーガン・吉田修一・大嶋良子・大内梨枝子・内田聡・香山弘行……30
 初参加の会員を迎えた会のミーティング。主な話題は防災無線、商店街、電車やバスなど交通機関の放送について。

●防災と関係ない田舎の防災無線の放送例 C.J.ディーガン……39
 防災無線から「世界遺産に登録された」「ノーベル賞を受賞した」など、防災とはなんの関係もない放送が流された事例を新聞から収集。

●秋葉原妄想中心(その四) 荒木信……40
 アイドルのイベントや路上ライブ、ヘイトスピーチ、大型ビジョン。騒音が際限なく増え続ける東京・秋葉原の現状。

●街と防災スピーカーと私 ウチダサトシ……42
 東日本大震災後、ますます林立し音量も大きくなる防災無線。早朝に流された無意味な「台風注意」の放送をきっかけに、「せめて、音量を下げてほしい」と市の職員と話し合いを始めるも、改善は遅々として進まない。

国内で防災無線のない場所に移住したいのですが……49
 会の掲示板から、防災無線に関する書き込みを転載。

●外国人が苦手な騒音 ジュリアン・ロング、中島義道……50
 在日オーストラリア人女性と哲学者の、スピーカー騒音をめぐる対談。救急車・消防車の過剰なサイレンやアナウンス、トラックのボイスアラームなど、家にいるのに無理やり聞かされる放送は拷問のようだと指摘。

●騒音をめぐる闘いの壁・再説 種子田實……54
 スピーカー騒音を止めさせるため抗議を続けても効果は薄く、多くの会員が壁にぶち当たり活動をやめてしまう現状。メディアが文化騒音の問題を広く取り上げるように、もっと働きかけるべきではないかと提言。

●「吹上浜 砂の祭典」のBGM 古賀知行……59
 鹿児島県南さつま市の「吹上浜 砂の祭典」に出かけたが、「にぎわいを演出するため」という理由で流されていた拡声器からのBGMにうんざり。「せっかくの自然の音が台無しだ」と主催者に抗議する。

●九州の片隅から 古賀知行……60
 防災無線は地震の予告放送ができるわけでもなく、揺れが激しければスピーカーが倒壊する。台風のときも風雨の音で放送がかき消されるだけ。自然災害の際は役に立たない防災無線より、防災ラジオや携帯電話を活用すべきだと実感する。

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カテゴリ:「静かな街を考える会」について
コミュニケーションを形骸化させる「言霊」の氾濫
 もう、どうにもこうにもブログなんぞ書いている余裕がないので、また、人様がスピーカー騒音に言及している文章を紹介します。本会設立時からの会員でもある中央大学教授(フランス思想)・加賀野井秀一氏の著書『日本語の復権』(1999)から。

 本書は、日本語が本来とても「寡黙な言語」であり、しかも「甘やかされた状態」にあると分析。その状況を突破するにはどうすればよいのかという問いを立て、日本語の歴史や文法、日本人のコミュニケーションの在り方について論じています。つっても新書だからそんなに難しい本ではありません。

 その導入部で登場するのが、街中に溢れかえる紋切り型の注意放送や標語看板、そしてコンビニなどに氾濫するマニュアル敬語。ありきたりの言葉を押しつけがましく垂れ流すこれらの言葉は、過剰で冗長に感じられるもののその本質は徹底した形式性にあり、こうした呪術的な「言霊」に依存することが、日本人のコミュニケーションをますます形骸化させていると指摘しています。

──────

第一章 言霊の幸わう国

「ゆるしません白い粉」

 先ほどの《註:成田空港の》税関申告所の話にもどるが、ここで私は、おもしろい事実に気がついた。申告をする人しない人の列をしめす電光掲示板に、たとえば「みんなで退治、麻薬と拳銃」「ゆるしません白い粉」「関税申告は正確に」などの標語が、ずらりと並んでいるのである。

 これは異様なことだ。《略》

 そもそも、関税申告は正確にやるべきものであって、それをどうしてわざわざ、電光掲示板などに表示しなければならないのか。それに、「みんなで退治……」などと書いたからといって、何の役に立つのだろうか。《略》

 とどのつまり、わが国のいたるところには、肉声から文字標語にいたるまで、指図、スローガン、紋切型の表現が蔓延しているのであり、空港はただ、それを象徴的に映す日本の顔となっていたにすぎないのである。

街にあふれる言葉たち

 ことほどさように、空港から出て、都心にむかう電車にでも乗ってみれば、そうした状況はつぶさに実感されるにちがいない。駅の構内には、このたぐいの言葉が、エンドレス・テープでとびかっている。

 「○番線に電車がまいります。危ないですから黄色い線の内側までおさがりください」
 「乗り降り(いや降り乗りだった)続いてお願いいたします」
 「駆けこみ乗車は危険ですから、おやめください」

 車内に落ちついたと思ったら、待ってましたとばかりに車内放送が始まる。

 「本日は○○電車をご利用くださいまして、まことにありがとうございます」
 「この電車のとまります駅は○○、○○、○○……」
 「車内での携帯電話のご使用は、他のお客様のご迷惑になることもございますので、ご遠慮くださいますようお願いいたします」
 「つぎは○○、○○」(かならず二回くりかえし、停車の際にもまた同様)

 これに「ゆれるので注意」「忘れ物に注意」「扉に手をはさまれるな」「ホームと電車の間が広くあいている」「窓の開け閉めに協力を」「ただ今は交通安全週間」「シルバーシートをゆずれ」等々、ああしろこうしろと、親切ととなり合わせの指図が延々と続くことになる。いつだったかは、「お客様のあたたかい思いやりをお願いいたします」などというものまであった。なんと優しきわが祖国よ。

 さて、街に出れば、まだまだこんな生やさしいものではない。商店街を通れば、街灯やアーケードのあちこちにつけられたスピーカーから、たえまなく宣伝が流れてくる。ターミナルの交差点には巨大なテレビ画面が設置されているし、大型店舗は、通りにむけてひっきりなしにコマーシャル・ソングをかけている。デパートに入っても、呼び出し、宣伝、BGM。公園に逃げてみても、やはり出店のラジオ、自動販売機の合成音。あげくのはてに公園事務所からは、迷子のお知らせが流れてくる始末だ。

 家にこもって静かにしていようと思っても、そうは問屋がおろさない。チリ紙交換車、物干し竿、網戸、アイスクリーム、焼芋、パン、灯油などの販売車が、「毎度おさわがせして……」と、がなりたててゆく。学校や幼稚園からは近隣に校内放送がひびきわたり《略》、夕方になると、市区町村の防災無線が「よいこのみなさん、おうちに帰りましょう」を呼びかける。

 海辺や高原やスキー場に大自然をたずねて行っても、社寺へ静寂をもとめに行っても、やはりそこにも演歌や観光ガイドが流れていたりするのである。

 いささか話が音声言語に傾いてしまったが、文字言語にあっても事情はほとんど変わらない。《略》「とび出すな車は急にとまれない」に始まる交通標語・警察標語が、街のいたるところに貼られている。時には、「交通安全週間」ののぼりが信号機を隠してしまっていたりするほどだ。駅前のロータリーには「核兵器廃絶平和都市宣言」「正しい芽育てる親の目社会の目」などのスローガンが立ち並ぶ。

 電信柱にも、個人の家の塀にも、広報、広告、政治家のポスターがベタベタ貼られ、さらには「世界人類が平和でありますように」「天国は近づいた」などの宗教的なものまで、ミソもクソもいっしょに色彩と標語の一大交響詩をかなでているのである。

 五七調・七五調がこの詩の主流となっているところからすれば、伝統のリズムは健在とも言えようが、おかしな日本語は加速度的にふえている。「お待たせ申し上げました」「発車をいたします」「○○様、おりましたら、事務室までおいでください」「本日はお休みをいただいております」「だれでもお気軽にご利用できます」

言霊の幸わう国

 数年の海外生活の後、こうした音声言語・文字言語がとびかう空間のなかに久々に身をおくと、いかにもわが国は──ロラン・バルトが言ったように──「象徴の帝国」であり、「言霊の幸わう国」であることが実感されるようになる。《略》

 ひとたび言葉に出して言われたことは、それ自身が独立した存在となり、現実を左右する。そんな言霊を信じるどこかの迷信家が「世界人類が平和でありますように」という標語を家の塀に貼ったからといって、何の役に立つのかと人は問うかもしれない。だが、交通安全週間に、かなりの血税を遣ってセスナ機をとばし、地上に向けて「シートベルトを締めましょう」などとやるお役所の発想は、これとどうちがうのか。はっきり説明するのはむずかしかろう。

 セスナ機からのアナウンスは、車の中ではほとんど聞きとれない。たとえ聞きとれたとしても、それによって、あわててシートベルトを締めるような人がいるなどと、本気でお役所は考えているのだろうか。あまりのばかばかしさに、私はしばしば該当部署に苦情電話をいれる。だが、答えはいつも、判で押したように決まっているのである。

 まず、「そんなことを言うのはあなただけです」と少数者排除の姿勢。つぎは、「お説はわかりますが、これを望んでいる方々もいらっしゃいますので」と相対化の反論。では、だれが望んでいるのか、という具体的な問いには答えない。さらに、これは自宅にいる人たちにも向けられた呼びかけなので……、というようなことをも弁じたてる。しかし、車を使わない者だってたくさんいるが、と切り返せば、一般のモラル向上のために、などと言いだす始末。どうにも話にならないので、最後に、セスナ機にかかる税金の額からみたコスト・パフォーマンスについてたずねると、ようやく彼らも歩み寄りの姿勢をしめすとともに、これが有効であることを「確信している」とか「よろしくご理解を」とか、ほとんど理屈にもならない表現でしめくくられることになる。

 こうした応答には一貫して、責任ある役所や血のかよった個人の言葉は見あたらない。そこでは、合理的な議論を避ける不思議な「確信」がすべてを支配し、実効さえ考えぬままに、ひたすらスローガンを唱えさせているのである。一種の呪術、祈願、現代の「雨乞い」、これを言霊と呼ばずして、何と言おう。《略》

言霊には逆らえない

 そのうえ、言霊には霊力があって、反対意見を出しにくくさせる。かつて、一億一心が火の玉になっている時に、わが国の敗戦を予測するものがいれば、それはすぐさま国賊よばわりされ、やがて敗戦の際には、おまえが縁起でもないことを言うから負けてしまったじゃないかと屁理屈をこねられたという。《略》

 言霊信仰は、気にくわない予測は認めたがらないし、布教の方法に異を唱える者は、教えそのものに反対する者だとみなす傾きがある。チリ紙交換車がうるさい、と言えば、リサイクルに理解のない人間であるとされてしまう。だから、だれもが、あえて異を唱えようとはしなくなり、状況の冷静な分析は、なおざりにされるのである。

 選挙運動での連呼にしたところで、ほとんどの人は内容空疎なものと思っていながら、それを黙認しているのは、「言論の自由」というまことしやかな言霊に反対していると見られたくないからにちがいない。同様にして、「平和」「民主主義」「青少年の健全育成」「思いやり」などといった大義名分は、手垢のついた貨幣のように人口に膾炙し、その実、だれもが毒にも薬にもならないお題目として、右の耳から左の耳へと素通りさせてしまっているのである。こうして、あたりにとびかう言語については、たかがアナウンス、たかが言葉、と見すごしてしまうのだが、思えば危険なことではあるだろう。《略》

巧言令色すくなし仁

 デパートのエスカレーターのところに流れているあの「お子様は手をつないで中央に……」というアナウンスもまた、いかにも客の身を案じる措置のように見えながら、実際はデパート側の、安全管理をしているというアリバイ工作の一環をなしてもいる。こんなふうに書くと、読者のみなさんは、私が意地の悪い見方をしているように思われるかもしれないが、実のところ、これはさるデパートの管理部長さんから直接聞いた話なのである。

 「いやあ、あれが要らないということは、私どもにも重々わかってはいるんですがね。流しておかないと、万一事故がおこった場合に、こちらの責任が問われるんですよ」

 同じ事情は、駅の構内放送にも、市区町村や警察の広報にも、おそらくあるにちがいない。つまり、おためごかしの自己保身、心のこもらぬ形式性といったものが生じる素地は十分にあるわけだ。《略》

ソフトな管理のメカニズム

 さて、こうした安全対策や広報の領域でこそ、言霊の機能は存分に発揮されることになる。ここにおいて言葉は、多くの場合、「~しましょう」というソフトな管理の姿勢をとってくる。いわく、「投票に出かけましょう」「シートベルトを締めましょう」。為政者や管理者のこのような物言いは、そのまま、教育者のものでもある。「みなさんはしっかり勉強して、りっぱな大人になりましょう」「先生の言うことをよく聞きましょう」。やがてこのスタイルは、社会生活のすみずみにまで反映されてゆく。「ゴミは決められた日に出しましょう」「芝生に立ち入らないようにしましょう」云々。これはまた先ほどの「今は~の時代と言われている」などと同じく、誰が言っているのかわからないままに、かなりの力で、わが同胞の行動を規制しているように思われる。《略》

なぜ日本語だけが形骸化するのか

 今日もまた、近所のコンビニエンス・ストアでは、店内放送で紋切型の言語がとびかい、むっつりと押し黙った人々がレジに列をつくっている。レジ嬢は、まるでロボットか自動販売機であるかのように、かん高い声でマニュアル言語・マニュアル敬語を連発する。この間、客の男の子は、小型のヘッドホンをつけたまま、終始無言。商品を投げるようにしてカウンターに置くだけで、やがて、つり銭をポケットに入れ、表情ひとつ変えずに店をあとにするのである。これまたロボットみたい。《略》

 では、なぜ日本人や日本語だけが、こうした情報化社会のなかで寡黙になっていったり、マニュアル化に拍車をかけたりするのであろうか。それは以下の章で、少しずつ明らかにしていくつもりだが、まずは、日本語が本来非常に寡黙な言語であったことから語りはじめることにしよう。

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■プロフィール

Author:S.B
市民グループ「静かな街を考える会」会員S.Bのブログ。日本の街にあふれるスピーカー騒音や絶叫騒音、うるさい接客、醜い景観などの問題について書き綴っています。

下記の「カテゴリ」から、気になるテーマを選ぶと読みやすいと思います。また「ブログ内検索」で検索すると、その言葉の含まれたエントリー一覧が表示されます。

「静かな街を考える会」については、このブログのトップエントリーで簡単にご説明しています。詳しくは「静かな街を考える会」のホームページをご覧ください。

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